海の獲物が戻らないとき、女神の髪をとかす。セドナの物語

雪と氷に覆われたカナダのバフィン島のフィヨルドを上空から見た風景 世界の不思議
写真:Jsayre64 / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0、縮小・JPG変換)
もっと自然な音声で聴くには

お使いのブラウザーに備わっている読み上げ機能もご利用いただけます。

iPhone・iPad:Safari

  1. Safariでこの記事を開きます。
  2. アドレス欄の左端にあるページメニューボタンをタップします。
  3. 「ページの読み上げを聞く」を選びます。

Safariの公式手順

Android:Chrome

  1. Chromeでこの記事を開きます。
  2. 右上の「︙」メニューを開き、「このページを読み上げ」を選びます。
  3. 再生画面で声や速度を調整できます。再生モードが表示される場合は、「標準の再生」を選ぶと記事の全文を聴けます。

項目が表示されない場合は、Chromeの公式ヘルプで利用条件をご確認ください。

PC:Microsoft Edge

  1. Microsoft Edgeでこの記事を開きます。
  2. 記事本文の上で右クリックし、「音声で読み上げる」を選びます。
  3. 画面上部の「音声オプション」で、声や速度を変更できます。

Windowsでは、Ctrl+Shift+Uでも読み上げを開始・停止できます。Edgeの公式手順

メニュー名や利用できる機能は、ブラウザーのバージョンやページによって異なる場合があります。

海の獲物が戻ってこない。人々が食べ物に困ったとき、海底の女神のもとへ降り、その髪のもつれを解くという話がある。北極圏のイヌイットの間で語り継がれてきた、海の女性の物語だ。広く知られる名の一つが、セドナである。

絡まった髪と、海に出てこない動物たち。その組み合わせは、遠い神話なのに、妙に具体的だ。なぜ髪をとかすことが、人間の暮らしを救う行為になるのだろう。

海の母には、傷ついた娘の過去がある

この物語の筋や主人公の名前は、地域や語り手によって異なる。カナダの博物館PAMAは、セドナをアザラシ、セイウチ、クジラなどの海の生きものをつかさどる存在として紹介する。獲物を得られるかどうかが、海の女性との関係にかかっているのである。

カナダの自然と文化を紹介するPolar Lifeの再話では、若い娘だったセドナは、人に化けていた鳥と結婚してしまう。娘の暮らしを知った父は鳥を殺し、娘を連れて舟で帰ろうとする。すると鳥の仲間が翼をあおぎ、海に嵐を起こした。恐れた父は娘を海へ落とし、船べりにつかまるその指まで切ってしまう。

海に落ちた指から、アザラシやセイウチ、クジラなどが生まれる。セドナ自身は海底へ沈み、海の生きものを支配する存在となった。この再話は複数の伝承をまとめたものと明記されており、どの土地でも同じ順序で語られる一つの原話、と考えることはできない。

ここには、海を思いのままにする強い女神と、自分を守ってもらえなかった娘の姿が重なる。人を養う海の生きものが、人から傷つけられた体の一部から生まれる。この結びつきには、簡単には明るく語り直せない痛みがある。

怒りを鎮めるのは、髪をとかす手

PAMAの解説では、セドナは長い髪に海の動物たちを留めているとされる。獲物を得られないとき、そのもとへ降り、髪をとかすのがシャマンだ。シャマンとは、人と精霊の世界をつなぐ役割を担う者のこと。髪をとかしてなだめられた海の女性は、動物たちを解き放つという。

私は、この「髪をとかす」という行為に、物語の重みを感じる。力のある相手を倒したり、命令して従わせたりするのではない。近くまで行き、相手の体に触れ、絡まりをほどく。指を失った女性に、誰かの手が届く場面として読むと、海底への旅が違って見える。

そう読むと、女神の怒りをただ気まぐれだと片付けたくなくなる。傷ついた過去があり、自分ではできないことがある。その相手と関係を結び直す行為として、髪をとかす場面を受け止めたい。

アラスカの氷の上にいるワモンアザラシの子ども
アラスカのワモンアザラシの子ども。物語には、アザラシなどの海の動物が登場する。 写真:Shawn Dahle, NOAA, Polar Ecosystems Program research cruise / Wikimedia Commons(Public domain、縮小・JPG変換)。

食べることは、海と関わることだった

海の動物は、人の暮らしに食べ物だけをもたらすわけではない。衣服や道具などにも関わる。PAMAは、イヌイットの物語に動物が多く登場する背景に、こうした生活との深い結びつきがあると説明している。

獲物が現れないことは、景色の中の動物が一匹減るだけの出来事ではなかった。家族を養い、寒さをしのぐ暮らしそのものが揺らぐ。海底の女性をたずねる話の切実さは、そこから考えたい。

そして、セドナは古い記録の中に閉じ込められた存在でもない。イヌイットの作家や工芸家は、いまも海の女性を作品にしている。Inuit Art Foundationが紹介するジュエリー作家、ブリトニー・ウルラク・ポーターは、セドナを描いた祖母の壁掛け作品から、自身の創作の着想を得たという。

祖母の壁掛けから、孫が手がけるジュエリーへ。同じ名前が新しい手仕事に現れるところにも、物語が続く道がある。海の女性の髪をほどく手と、いま作品を作る手。離れた二つを思い浮かべながら読むと、神話は過去の遠い海だけのものではなくなる。

この話の参考資料・写真の出典

冒頭の写真:カナダ・バフィン島のフィヨルド。セドナをめぐる伝承は、北極圏の各地で異なる形で語られる。 写真:Jsayre64 / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0、縮小・JPG変換)。