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牛が倒れる。そこにいた神官は、生きて戻ってくる。
今のトルコにある古代都市ヒエラポリスには、そんな出来事が伝わる聖域があります。冥界の神プルートーに捧げられた「プルートニオン」。死者の世界へ通じると考えられた場所です。
この話の奇妙なところは、動物を死なせるものが、今もそこにあること。現地を調べた研究者たちは、地下から出る二酸化炭素を測定しました。ただ、その正体が分かっても、神官たちが何を知り、何を信じていたかまでは、簡単に答えが出ません。
温泉の町に開いていた、死者の世界への入口
ヒエラポリスは、白い石灰棚で知られるパムッカレのそばにあります。地中から湧く温泉と、地下から出るガス。どちらも、この土地の足元で起こる現象です。
そこにあったプルートニオンの様子を、古代の地理学者ストラボンが『地理誌』第13巻に書き残しました。山の斜面の下に、人が入れるほどの開口部があり、その奥は深い。手前には柵で囲われた場所があって、地面が見えにくいほどのもやが満ちていたといいます。
牛を連れて入ると、倒れ、死んだ体が引き出される。ストラボンは、自分で鳥を中へ投げ入れると、すぐ息絶えて落ちたとも記しています。誰かから聞いた不思議な噂としてだけでなく、自ら見た出来事として書いているのです。
一方で、その囲いに入っていく神官たちがいました。動物を倒す場所へ近づき、また戻ってくる。同じ場所に足を踏み入れているのに、命運が分かれる。その違いが、この聖域をいっそう特別に見せたはずです。

地面の近くにたまる、見えないもの
古代の記述を手がかりに、ハーディ・プファンツらの研究チームは、洞窟とその周辺のガスを測りました。研究は2018年にオンライン公開され、2019年刊の学術誌に収められています。
研究報告によると、洞窟内の二酸化炭素濃度は最大91%。洞窟の口から外へ出るガスも、測定する高さによって濃度が大きく違っていました。研究者たちは、その供給源をヒエラポリスを横切る断層の活動に結びつけています。
二酸化炭素は無色の気体です。古代の文章に出てくる「もや」が、そのまま二酸化炭素の姿だったとはいえません。現地の測定は、目には見えないガスが、実際に危険な濃度で存在することを示しました。
さらに、二酸化炭素は空気より重く、低い場所にたまりやすい。研究チームが所属する大学の解説によると、ガスのたまり方は一日のうちでも変化し、夜間から早朝には地面近くの濃度が高くなりました。足元と、立った人の顔のあたりとでは、吸い込む空気が同じとは限らなかったのです。
ここで、牛と神官の姿をもう一度思い浮かべてみます。動物が頭を下げれば、鼻先は地面に近づく。人は立ち、さらに高い位置を選ぶこともできる。儀礼で起きた違いには、こうした高さの差が関わった可能性があります。
神官は、本当に平然としていたのか
大学の解説でプファンツは、神官がガスのたまり方を知り、石の上に立つなどして、動物より高い位置に身を置いたという説明を示しています。現地測定から考えられる、儀礼の仕組みの仮説です。
ただし、現在の濃度を測れたからといって、二千年前の一回一回の儀礼を再現できたわけではありません。神官の動作や、そのときの天候、ガスの状態まで、すべて確認できるものではないでしょう。
それを考えるうえで、ストラボンの文章には気になる細部があります。神官たちは、できるだけ息をこらえていた。顔には、息苦しさをうかがわせる様子も見えたと書かれているのです。
動物は死に、神官は生き残る。そこだけを抜き出すと、神官には何も起きなかったように聞こえます。けれど記録を読み直すと、危険な場所にいる人の身体が見えてくる。彼らも、普通に呼吸をしながら悠々と歩いていたとは限りません。
ストラボン自身も、神の加護なのか、何か別の力によるのかと、理由をいくつか挙げています。目撃したと書く人にも、答えは一つに定まっていなかった。そのためらいまで残っているところに、この記録の面白さがあります。
「からくりが分かった」で終わらない聖域
研究の説明を聞くと、神官が人々をだましていた話として読みたくなるかもしれません。けれど、危険の避け方を知ることと、その場所に神がいると信じることは、必ずしも矛盾しません。神官たちの内心まで、ガスの測定から読み取ることはできないのです。
冥界の門では、命を奪う現象そのものは現実でした。何もいないように見える場所で、生きものが動かなくなる。地下に死者の世界があると考える人にとって、地面の奥から届くその力は、どれほど生々しかったでしょう。
ヒエラポリスの「冥界の門」は、ただの作り話だったわけではない。古代の人が見た恐ろしい出来事と、今の研究者が測る気体が、同じ場所でつながっています。名前のなかった危険に、人は神の名を与えていた。そう考えて遺構を見ると、石の開口部の暗さも、少し違って見えてきます。


