世界を造ったのは、最高の神ではなかった? ナグ・ハマディのもう一つの創世

古い写本を照らす光と、背後に広がる幾重もの宇宙を描いたイメージ 世界の不思議
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この世界を造った存在が、いちばん高い神ではなかったとしたら。古い宗教文書の中には、そんな世界の始まりを描いたものがあります。エジプト南部で見つかったナグ・ハマディ写本群に収められた『ヨハネの秘伝書』です。

ナグ・ハマディは発見された土地の名。写本には、初期キリスト教をめぐるさまざまな文書が含まれています。『ヨハネの秘伝書』はその中の一篇で、イエスが弟子のヨハネに宇宙の秘密を明かす形で物語が進みます。聖書に書かれた創世記を知っていても、ここから先は別の景色です。

世界の前にあったもの

物語の始まりにいるのは、目に見えない、すべての源となる神的な存在です。そこから幾重にも神的な領域が広がり、やがて「知恵」を意味するソフィアが現れます。ソフィアは、ほかの神的存在と歩調を合わせず、一人で何かを生み出そうとする。その結果生まれたのが、ヤルダバオートという存在でした。

ヤルダバオートは、自分より上にある世界を知らないまま、下位の世界を造り始めます。そして、自分こそ唯一の神だと考える。世界の造り手が、世界のすべてを知っているとは限らない。このひっくり返った構図が、『ヨハネの秘伝書』の強烈なところです。

ナグ・ハマディ写本第2冊の32ページの実物画像
ナグ・ハマディ写本第2冊のページ。『ヨハネの秘伝書』の終わりと次の文書の始まり。画像:Wikimedia Commons(Public Domain Mark 1.0、縮小)。 ライセンス

写真は、ナグ・ハマディ写本第2冊の実際のページです。このページには『ヨハネの秘伝書』の終わりと、次の『トマスによる福音書』の始まりが続いています。途切れた伝説の断片ではなく、人が写し、読み継いだ本だったことがわかります。

人の中に残された、別の世界の力

ヤルダバオートは、自分の配下とともに人間を形づくります。しかし人には、彼らだけでは生み出せない、上位の世界に由来する力も宿ると物語は語ります。そう考えると、人はこの世界に生まれながら、どこか別の場所にもつながっていることになる。

この文書にとって大切なのは、自分の由来を「知る」ことです。見えている世界だけがすべてだと思っていた人が、世界の奥行きを知り、自分の中にあるものを思い出す。そこに救いへの道が描かれています。

埋められた理由は、まだわからない

写本が地中に残った理由は、決着していません。誰かが教えを守るために隠したのか、別の事情で埋めたのか。ナグ・ハマディの文書をすべて同じ思想にまとめることもできません。『ヨハネの秘伝書』は、その中に残った一つの宇宙の物語です。

世界の造り手よりも、その中で生きる人のほうに、別の世界へ通じる道が残されている。『ヨハネの秘伝書』は、そんな逆転を描いています。造り手さえ知らなかったものを、人は知ることができる。自分はどこから来たのかという問いが、この大きな宇宙の物語を、人ひとりの内側へと引き寄せます。

この話の参考資料

冒頭の画像は、古い写本と宇宙を題材にした情景です。本文の写真には、実際の写本を掲載しています。