太鼓が聞こえたら、道をあける。ハワイ「夜の行列」の伝承

海岸の夜道を松明の光が進む、ハワイの夜の行列の伝承から着想したイメージ 世界の不思議
海岸の夜道を松明の光が進む、ハワイの夜の行列の伝承から着想したイメージ

波の音に混じって、太鼓が聞こえる。海のほうか、山のほうか。闇の中に、火の点が一つ、また一つと現れ、やがて松明の列になる。ハワイの夜に語られる、ナイトマーチャーズの登場です。

ハワイ語では「フアカイ・ポー」。夜の行列として伝えられるこの存在に出会ったら、道をふさいではいけない。面白いのは、怖いものからただ逃げる話だけではなく、誰かの通るべき道を、人間のほうが空ける話にもなっているところです。

夜になっても、古い道は消えない

ナイトマーチャーズは、祖先や戦士、身分の高い人物に伴う一団など、さまざまな姿で語られます。太鼓、唱える声、松明。姿そのものをはっきり見るより先に、音や光によって行列の到来が知らされる、という話もあります。

現代の道路や建物がある場所でも、物語の中では、それより古い道が残っている。昼間の地図と、夜に行列が進む地図は、同じとは限らないのです。知らずに立っていた場所が、向こう側の通り道だった。そこから、この伝承の緊張が生まれます。

見てはいけない、横切ってはいけない

行列が近づいたら身を低くし、視線を合わせず、進路を妨げない。そうした作法が、この話にはついて回ります。細部は語り手や土地によって異なり、全島で一つの手順に統一されているわけではありません。

見たい気持ちが強くなるほど、見てはいけないと言われる。夜の火の列には、惹きつける美しさと、近づきすぎてはいけない怖さが同居しています。

「ここは自分が好きに歩ける場所だ」と思っていた夜道に、自分より先に通る人たちがいる。行列の話を聞いたあとでは、空いている道にも、別の時間が重なって見えます。

列の中に祖先がいれば、救われることもある

この伝承には、行列の中に自分の祖先や縁のある者がいて、その人がとりなすために命を落とさずに済む、という筋もあります。恐ろしい一団が、すべて自分と無関係な敵であるとは限らない。

顔も知らない昔の家族が、闇の側から自分を見つける。その場面には、怖さと同時に、忘れられていなかったという温かさも感じられます。血縁や土地との結びつきが、夜の物語の中では、思いがけない形で姿を現すのです。

今も、語り集めている人がいる

ハワイの語り手ロパカ・カパヌイは、妻のターニャとともに、ナイトマーチャーズについて語られた体験や伝承を本にまとめています。著者による紹介からは、家族の口伝や土地の作法も、彼の語りの背景にあることが分かります。

PBS Hawaiʻiの番組でも、この行列をテーマにカパヌイが話しています。英語の音声ですが、現地の語り手がどんな調子でこの話を伝えるのか、耳を傾けてみる入口になります。

それらを読むときには、語られた体験と、出来事の実証とは分けておきたいところです。そのうえで、誰が、どの土地で、誰からこの話を聞いたのかをたどると、短い怪談だけでは拾いきれない層が見えてきます。

火の列が通りすぎたあとに

昼のハワイは、光と海のイメージに満ちています。でも、同じ海辺にも、夜になると語られる名前がある。旅先の風景は、昼間に見たものだけでできているわけではありません。

もし物語の中で、遠くから太鼓が近づいてきたなら、振り向く前に、少し道をあける。その短い身振りに、人の一生より長く残る道と、そこを通る者たちへの敬意が宿っています。

この話の参考資料

掲載画像は、物語や思想から着想したイメージです。