一筆で閉じた星は、海から帰るための印だった。セーマン・ドーマン

白い布の星形と格子形の印、朝の海を描いたイメージ 魔術と浄化
白い布の星形と格子形の印、朝の海を描いたイメージ

海の中で、もう一人の海女が手招きしている。姿は人に似ているのに、何かが違う。鳥羽・志摩に語られる「トモカヅキ」は、海女を誘う不気味な存在です。

鳥羽市の海女文化の資料には、海中でセーマン・ドーマンを身に着けていない海女に出会ったら、それはトモカズキだ、という話も紹介されています。白い布の上の小さな印が、人と魔物を見分ける境目になるのです。

白い布に、星と格子を描く

セーマン・ドーマンは、海女が磯着や道具などに付けてきた魔除けの印です。セーマンは星形、ドーマンは格子形。鳥羽市立海の博物館の紹介でも、海に潜るときに、魔物から身を護るしるしとして説明されています。

形だけを見れば、とても簡潔です。いくつもの線が交わる星と、縦横の線が重なる格子。けれど、毎日、息を止めて海へ入る人が身に着けるとなると、その印の重さは変わってきます。

陸にいる人にとって海は眺める景色でも、潜る人にとっては、帰ってこなければならない場所です。模様の意味を知る前から、そこに託された願いが伝わってきます。

星の線は、必ず元の場所へ戻る

星形のセーマンには、一筆で描くと出発した場所へ戻ることから、潜っても無事に戻ってくる、という解釈があります。鳥羽温泉郷の担当者が語る資料にも、この帰還の意味が紹介されています。

星は、外へ突き出す角を持っているのに、その線は閉じています。どこかへ進み続けるようで、最後には、ちゃんと始まりに帰る。形の動きそのものが、願いの説明になっているのです。

「強い星だから護る」と覚えるより、指先で線をたどってみる。始まりへ戻ってくる一筆の動きに気づくと、印の見え方が変わります。

格子の向こうに、いくつもの目がある

格子形のドーマンには、多くの目で見守るという説明や、入口を分かりにくくして魔物を入りにくくするという説明があります。一本の意味に決めきれないところにも、長く使われてきたしるしの奥行きがあります。

同じ二つの印でも、左右に並べるもの、上下に配するもの、片方だけを使うものなど、地域による違いがあると鳥羽市の資料は紹介しています。どこで誰が付けた印かを眺めると、定型の図形にも、人の手と土地の違いが見えてきます。

陰陽師の名前と、海の暮らしが重なる

セーマンは安倍晴明、ドーマンは蘆屋道満の名と結びつけて語られます。ただ、海女の印をそのまま、陰陽師が実際に使った一枚の図と同じものだと決めつける必要はありません。

都で語られる陰陽師の名前が、海へ潜る人の白布に重なる。物語が土地を移り、暮らしの中に住みつくと、印は新しい使われ方を持ち始めます。海女の道具の上では、それは学説より先に、帰還を願う身近なものだったのでしょう。

海へ持っていく、小さな陸のしるし

トモカヅキの話では、海女に似たものが、海の奥へ誘います。そこから戻るための印は、たった数本の線で描けるほど小さい。物語の怖さと、道具の素朴さの落差が、かえって心に残ります。

潜る前に白い布へ結びつけた星と格子。戻る場所を知っている線を、海へ連れていく。その印は、海の底にいながら陸を忘れないための、小さなしるしにも見えます。

この話の参考資料

掲載画像は、物語や思想から着想したイメージです。