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六月のリスボンでは、小さなバジルの鉢が恋文になる。贈られるのは「マンジェリコ」と呼ばれる、小葉のバジル。恋人に渡す鉢には、短い四行詩を添える。相手の窓辺に置かれれば、しばらく香りが残る贈り物だ。
ポルトガル政府観光局によると、この風習は六月の聖人祭の季節に見られる。リスボンでは聖アントニオの祭りが十二日と十三日に盛り上がり、街には飾りや音楽、焼いたイワシの匂いが広がる。恋の聖人として親しまれる日、鉢植えに結んだ言葉が人から人へ渡る。
四行だけの、言いにくい気持ち
手紙なら長く書ける。メッセージならすぐ送れる。それでも四行に収めるのは、言い尽くさない余白を残すからかもしれない。花や葉のそばに小さな紙片が揺れていると、渡した人の気持ちが、声より少しだけ柔らかく届く。
この香りの楽しみ方にも、言い伝えがある。リスボンの園芸店オルト・ド・カンポ・グランデの紹介では、直接鼻を近づけると植物を傷めるとされ、葉にそっと手を触れ、その手の香りをかぐのだそうだ。香りを確かめるしぐさにも、小さな鉢を大切に扱う気持ちが重なっている。

祭りが終わったあと
祭りが終われば、街はいつもの日々へ戻る。それでも鉢は窓辺に残る。相手が添えた四行を読み返す日もあれば、水をやり、葉の香りを楽しむ日もあるだろう。
言いにくい気持ちを、世話のできる小さなものに託す。贈り物を受け取ったあとにも、水をやり、香りを確かめる時間が続く。リスボンの恋文は、手渡した日から、少しずつ暮らしの中へ入っていく。
この話の参考資料
- ポルトガル政府観光局・六月の聖人祭
- Horto do Campo Grande「Manjericos (bush basil) and St Anthony: A tradition that perfumes Lisbon」
本文中の画像は題材から着想した再現画です。実物の画像は参考資料から見ることができます。


