二つの手が、王冠のハートを抱く。アイルランドのクラダリング

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二つの手が、小さなハートを左右から抱いている。その上には王冠まで載っています。アイルランドの「クラダリング」は、こんな形をした指輪です。飾りの多いデザインに見えて、手、ハート、王冠にはそれぞれ、人との結びつきにまつわる意味が込められてきました。

名前のもとになったクラダは、アイルランド西部の町ゴールウェイにある地区。そこで生まれた指輪の話には、愛のしるしだけでなく、海賊に捕らわれた金細工師の伝説や、実物に残された小さな刻印も登場します。

愛を抱くのは、友情の手

ゴールウェイ市博物館の学芸員による紹介では、ハートは愛、両手は友情、王冠は忠誠を表すとされています。恋人に渡す指輪でも、真ん中に愛だけを置いて終わらない。その愛を二つの手が支え、上には王冠が載る形です。

二つの手を組み合わせた指輪には、さらに古い歴史があります。「フェデ」と呼ばれる、握り合う手を意匠にした指輪です。学芸員の解説は、そのモチーフがローマ時代の愛の指輪にも使われていたことを紹介しています。

クラダリングは、古くからあった手の形に、ハートと王冠が重なるデザインと見ると分かりやすくなります。三つのしるしを順に追えば、小さな指輪の中で、何が何を支えているのかが見えてきます。

ハートと王冠を両手が支える銀のクラダリング
銀製のクラダリング。本文で紹介する博物館所蔵の金の指輪とは別のもの。 写真:Night of the Ed / Wikimedia Commons(CC0、縮小・JPG変換)。

1700年ごろの指輪に、作り手の印がある

市博物館には、1700年ごろに金細工師リチャード・ジョイスが作った金のクラダリングが収蔵されています。よく使い込まれた指輪の内側には、作り手を示す「RI」の刻印と、持ち主に関わると考えられる頭文字が残っています。

博物館は、その頭文字から、結婚を記念した指輪だった可能性を挙げています。ただし、誰と誰がいつ結婚したのかまで、この刻印だけで分かるわけではありません。

ジョイスが実在の職人だったことは、ほかの銀製品や記録からも確かめられます。1724年のゴールウェイの税に関する記録には、町のショップ・ストリートに住んでいたことが記されています。指輪の物語には、確かに手を動かしていた作り手がいます。

海賊に捕らわれた職人、という伝説

そのジョイスには、劇的な来歴が語られています。乗っていた船が北アフリカの海賊に襲われ、奴隷として売られた先で金銀細工を学び、解放されたあとにゴールウェイへ戻った、という話です。

遠くへ連れ去られた人が技術を身につけて帰ってくる。愛と忠誠を表す指輪には、よく似合う物語でしょう。しかし、市博物館自身が、この捕囚の話は大部分が立証されていないと断っています。

刻印のある指輪が現存することと、旅の細部まで史実だということは別です。伝説を伝説として味わいつつ、実物に残る手がかりへ戻れるところに、この指輪の面白さがあります。

ハートの向きを変えて、気持ちを伝える

この指輪には、はめる向きで恋の状態を表す習わしもあります。学芸員による説明では、王冠が指先の方を向けば、恋人がいる、または結婚しているしるし。ハートの先端が指先の方を向けば、相手がいないしるしとされます。

指輪を眺めるだけでは、この向きの違いはほんのわずかです。けれど、意味を知る相手には、ハートの先端を手の付け根へ向けるか、指先へ向けるかで伝わるものがある。言葉を刻まなくても、身につけ方そのものがメッセージになります。

もっとも、今その指輪をはめている人が、必ずこの習わしに従っているとは限りません。デザインが好きで選ぶ人も、家族から受け継いだ人もいるでしょう。向きだけを見て、相手の事情を決めつけるのは早そうです。

市博物館の解説には、母から娘へと指輪が渡されてきた習慣も記されています。恋の始まりを伝える指輪が、年月を経て家族のしるしにもなる。ハートを抱く二つの手には、ひと組の恋人だけに収まらない、長い付き合いの形も重なっています。

この話の参考資料・写真の出典

アイキャッチ:クラダリングの形を大きく表した看板。 写真:Miguel Mendez from Malahide, Ireland / Wikimedia Commons(CC BY 2.0、縮小・JPG変換)。