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朱色の灯籠が並ぶ石段を上ると、水の神をまつる貴船神社がある。京都の山あいにあるこの社は、縁結びの場所として親しまれる一方、丑の刻参りの怪しい話とも結びつけられてきた。恋がかなう場所と、人を恨む物語の舞台。同じ名前から、ずいぶん違う景色が浮かぶ。
貴船に伝わる縁結びの由来と、能に描かれた恨みの物語をたどってみたい。川沿いの社には、水を願う信仰も、誰かの心を取り戻したいという切実さも重なっている。
水に文字が浮かぶ社で
貴船神社には、本宮、結社(ゆいのやしろ)、奥宮の三つの社がある。水に浮かべると文字が現れる「水占みくじ」も、水と関わりの深いこの神社らしい風景だ。白い紙を水に触れさせる小さな動作が、見えていなかった言葉を読めるものに変える。
縁結びで知られる結社にまつられるのは、磐長姫命(いわながひめのみこと)。神社が伝える話では、妹の木花開耶姫(このはなさくやひめ)とともに、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の妻となるために送られたが、姉だけが帰された。その後、この地で人々に良縁を授ける神になったという。
人と結ばれる願いを、選ばれなかった姫に託す。物語を知ると、縁結びという言葉にも、華やかな出会いばかりではない奥行きが生まれる。悲しみを知る神だからこそ、届けたくなる願いもありそうだ。
神社には、歌人の和泉式部が夫の心変わりに悩んで参詣し、歌に託した願いがかなったという話も伝わる。恋の不安は、現代の参拝者だけのものではなかった。この川辺は、長く人の心の行方を案じる場所でもあったのだ。

能『鉄輪』では、願いが恨みへ変わる
一方、貴船を舞台にした怖い物語として知られるのが、能の『鉄輪(かなわ)』だ。京都市の史跡解説にも、夫に捨てられた女が貴船へ丑の刻参りをし、生霊となって恨みを晴らそうとする筋が紹介されている。
ここでいう丑の刻は、現在の時刻でおおむね午前一時から三時頃にあたる深夜の時間帯。題名の鉄輪は、鍋などを火の上で支える鉄製の道具「五徳(ごとく)」のことだ。女は火をともした鉄輪を頭に載せた恐ろしい姿で現れ、男は陰陽師の安倍晴明に救いを求める。最後には晴明の祈りによって、女の生霊は退けられる。
『鉄輪』は、人の執念を描く舞台の物語だ。実際の事件をそのまま記した記録ではない。水の神をまつる社の名が、別の語りの中では、人が鬼のような姿に変わる場面と結びついている。
和泉式部の話にも、『鉄輪』の女の物語にも、離れていく相手の心に苦しむ姿がある。しかし、その先は大きく違う。誰かと結ばれたい願いが、相手を傷つけたい恨みへ傾く。その境目を、『鉄輪』は見せているように思える。
怖い姿は、絵や物語の中でも育ってきた
わら人形や、頭に火をともした人物。「丑の刻参り」と聞いて浮かぶ姿には、絵や芝居の記憶も含まれている。浮世絵研究者の鈴木堅弘は、江戸時代の丑の刻参りが、教訓書や浮世絵の中でどのように描かれたかを論じている。
そこで扱われるのは、恐ろしい呪いの姿だけではない。嫉妬を戒める教えとして使われたり、笑いを生む絵に作り替えられたりもした。怖い話は一つの形のまま伝わるとは限らず、それを語り、描き、見る人々の間で姿を変えてきたのである。
だから、いま知られる怪談のイメージを、そのまま貴船神社のすべてに重ねるのは惜しい。昼の川音、結社にまつられる姫、和泉式部の歌、舞台に現れる鬼女。異なる話の間に、人と人とのつながりを思う気持ちが見え隠れする。
誰かを大切に思う心は、いつも穏やかとは限らない。貴船に残る物語が今も気になるのは、美しい石段の先に、人の願いの優しいところも、危ういところも映っているからかもしれない。
この話の参考資料・写真の出典
アイキャッチ:貴船神社の石段と朱色の灯籠。 写真:Chi King / Wikimedia Commons(CC BY 2.0、縮小・JPG変換)。


