木に結んだ布が、朽ちるのを待つ。スコットランドの聖なる泉

マンロッキーの森の木々に結ばれた色とりどりの布 願いと引き寄せ
写真:Julian Paren / Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0)
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森の枝に、何枚もの布が結ばれている。鮮やかな布もあれば、端がほつれ、元の色が分からなくなったものもあります。スコットランド北部のマンロッキーにある「クローティー・ウェル」は、そんな布に囲まれた泉です。

ウェルは井戸や泉、クロートは布切れを意味します。ここでは布を水に浸し、近くの木に結んで、病や苦しみが去るよう願ってきました。ただし、結んだ布をいつまでもきれいに残す必要はありません。むしろ、朽ちていくことに意味があるといいます。

布が朽ちるにつれて、病も薄れていく

この森を管理するスコットランドの公的機関、フォレストリー・アンド・ランド・スコットランドは、布が崩れていくのに合わせ、病も消えていくと信じられた習わしを紹介しています。泉の水に浸した布を木に結んで残し、身体の中で起きてほしい変化を、目に見えるものへ託すのです。

日本の神社でおみくじを結ぶ姿を思い浮かべると、枝に布を残すという行為は想像しやすいでしょう。ただ、こちらの伝承で中心にあるのは、残したものが少しずつなくなっていく時間です。

布は雨を吸い、風に揺れ、繊維がほどけていく。その変化を、苦しみが自分から離れていく姿として受け止める。布の形が少しずつ変わっていく様子にも、回復への願いが重なっています。

マンロッキーの泉のそばに残された、端がほつれた布の供え物
泉のそばに残された布。色も大きさも、傷み方もそれぞれ異なる。 写真:Jooniur / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0、縮小・JPG変換)。

同じ泉の習わしでも、願い方は一つではない

こうした泉はマンロッキーだけにあるわけではありません。近くのカロデンの森にも、セント・メアリーズ・ウェルと呼ばれる泉があります。管理機関の案内では、こちらは布を水に浸して木に結ぶと、幸運が訪れると伝えられる場所です。

カロデンには、日の出に泉の周りを三度歩いてから布を結ぶ、という作法も伝わっています。同じクローティー・ウェルでも、泉によって伝わる作法が異なるのです。

同じ布と水の組み合わせでも、病からの回復を願う話と、幸運を祈る話がある。泉の名前やそばにあった礼拝堂の記憶も重なり、それぞれの場所で少しずつ異なる祈りが続いてきました。

古い伝承のそばで、今も手入れが続く

カロデンの泉について、公的機関は19世紀半ばには布を残す習わしが記録されていたと説明しています。さらに古い時代にさかのぼる可能性には触れつつ、今見られる石組みそのものを、そのまま太古の遺構とは扱っていません。

2025年には、木の根で傷んだ泉の壁を修繕する計画も公表されました。崩れかけた石組みを組み替え、訪れた人が腰掛けて静かに過ごせる場所を設けるというものです。木を一部切る必要があっても、布のついた枝は現地に残す方針が示されました。

病を治す力が医学的に確かめられた、という話ではありません。それでも、祈りが重なってきた場所を、今の人がどう守るか。壁や道の手入れには、伝承が昔話だけで終わっていない様子が表れています。

森に残す布にも、選び方がある

マンロッキーの案内は、布を持参するなら小さく、自然に分解されるものを選ぶよう求めています。推奨されているのは、綿100%やウール100%の布です。カロデンでも同じ呼びかけがあります。

見た目が華やかな布でも、森にいつまでも残れば、祈りを託す場所の負担になる。布が朽ちるのを待つ習わしと、自然へ還る素材を選ぶという現在の配慮は、ここでつながります。

クローティー・ウェルでは、願いを託したあとに、目の前ですぐ答えが出るわけではありません。結び目は残り、布は風雨にさらされる。苦しみもいつか、この布のようにほどけてほしい。その願いを、森の時間に預ける場所なのです。

この話の参考資料・写真の出典

アイキャッチ:マンロッキーのクローティー・ウェル。木々に布が結ばれている。 写真:Julian Paren / Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0、縮小・JPG変換)。