石の塚に食べ物を運び、山へ祈る。モンゴルのオボーに集まる人々

モンゴル北西部の峠で、青い布を結んだオボーのそばを通る牛たち 願いと引き寄せ
写真:Florian Nessler / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
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石を積んだ塚から、青い布を結んだ棒が伸びています。その向こうには山や草原が広がり、そばを家畜が通ることもある。モンゴルの道や山で見かける「オボー」は、土地の神々へ祈りを捧げる場所です。

大きな建物がなくても、人が集まり、供え物を運んでくる。この石の塚をたどると、広い土地で暮らす人が、どこで立ち止まり、何を願ってきたのかが見えてきます。

山や水を、人の暮らしと結ぶ

モンゴルの聖地への祈りは、周囲の自然に目に見えない神々がいるという信仰に基づきます。ユネスコは、こうした習わしを、人と環境が支え合う関係を意識し、地域の結びつきを育むものと説明しています。

モンゴル国が世界遺産の暫定リストへ提出した聖山の資料には、シャーマニズムの儀礼に、後の仏教の教えや作法が重なった歴史が記されています。シャーマニズムとは、霊的な存在と人の間を取り持つ人を通して祈る信仰のあり方です。山を敬う行為にも、時代とともに受け継がれた複数の信仰があるのです。

まつる山には、それぞれの呼び名があり、唱えるための文章が伝わる場所もあります。遠くから山へ向けて乳を捧げたり、近くまで行って祈ったりと、土地に応じた作法が紹介されています。

オボーの姿も一様ではありません。石の高さや使う材料、結ばれた布の量が違い、木を組んだ大きなものもあります。写真の石の塚にも、積み重ねた石の大きさや、中央に立てたものの形に、その場所ごとの違いが見えます。

モンゴルのフブスグル地方にある、石を積み、中央の棒に布を結んだオボー
フブスグル地方のオボー。本文で紹介するドルノゴビの祭りとは別の場所。 写真:Bernard Gagnon / Wikimedia Commons(CC0、縮小・JPG変換)。

肉を運ぶ人、乳を供える人

具体的な儀礼の記録が、モンゴル・デジタル民族誌アーカイブに残されています。研究者エリック・スリフトが二〇一二年に記録した、モンゴル南東部ドルノゴビ地方のスミーン・ボラグの祭りです。

そこは天然の泉と、かつての寺院の跡、複数のオボーがある場所。地域の家族が、伝統的な暦の秋のある日に集まります。道を通りかかった人の短い祈りとは違う、一年の中で迎える共同の儀礼でした。

記録の説明では、日の出とともに男性たちが、一軒ごとに用意した肉の供え物を皿に載せて丘を登ります。そばでは、ラマと呼ばれる仏教の僧が山への賛歌を唱えます。一方、女性たちは下の場所から、それぞれのオボーの方へ乳を振りまいて供えました。

同じ祭りの中でも、登る人、唱える人、下から供える人がいます。これはこの場所で記録された分担で、モンゴルのどのオボーでも同じ順序を取るという意味ではありません。一つの土地の記録として読むと、誰が何を持ち、どこから祈ったのかまで具体的に追えます。

祈りの後には、持ち寄った供え物を家族同士で分け合います。神々へ向けた食べ物が、人々の間にも行き渡る。家から運んだ皿が、その家だけではない食事の場へつながっています。

祈りのあとに、競馬と相撲

スミーン・ボラグの記録には、食事に続いて、地元の牧畜民による競馬や相撲が行われたことも記されています。祈って帰るまでの間に、食べ物を分け、人の力や馬の走りを見守る時間がありました。

家畜を育てる暮らしは、雨や草、冬の寒さと切り離せません。人類学者ベネディクテ・リンスコグのオボー研究も、牧畜民が天候の不確かさや暮らしの不安に向き合う中で、土地の霊への供え物が持つ役割を考えています。

この習わしは、途切れず同じ形で続いたものでもありません。ユネスコの説明では、社会主義政権下で聖地への信仰が禁じられ、知識の継承が危ぶまれました。その後、地域の人々が復興に取り組んできた一方、都市への移住などで、作法を知る人が減る課題も残っています。

石の塚だけなら、写真に一つの形として収まります。けれど、その場所へ集まる日をたどると、供え物を用意する家、山へ向かう人、食事を分ける家族まで見えてきます。オボーは広い風景の中で、人と土地、そして近くに暮らす人同士を結び直す場所なのです。

この話の参考資料・写真の出典

アイキャッチ:ウーレグ湖とウラーンゴムの間の峠にあるオボー。モンゴル北西部で撮影。 写真:Florian Nessler / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0、縮小・JPG変換)。