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川のそばに、大きく口を開けた岩屋がある。その奥に鳥居が立ち、足元には小さな石の塔がいくつも並ぶ。宮崎県高千穂町の天安河原(あまのやすかわら)は、太陽が姿を消したとき、神々が相談のために集まったと伝えられる場所だ。
天照大神が岩戸に隠れ、世界が暗くなる。名前は知らなくても、どこかで聞いたことのある神話だろう。その大事件の途中に、神々が知恵を出し合う河原の場面がある。高千穂に残る伝承は、その場所を、木々に囲まれた岩戸川のほとりへと結びつけている。
太陽を連れ戻す前に、相談があった
太陽の神である天照大神(あまてらすおおみかみ)は、弟の須佐之男命(すさのおのみこと)の乱暴な振る舞いを受け、天の岩屋へ閉じこもる。光を失った世界には、さまざまな災いが起きた。困り果てた神々が集まったのが、神話の中の「天の安の河原」だった。
集まったのは「八百万(やおよろず)の神々」。八百万は、神の数を正確に数えた数字ではなく、数えきれないほど多いことを表す。太陽が戻らないという一つの困難に、多くの神がそれぞれの役割を持って関わっていく。
岩戸を力ずくで開けようとするだけなら、話はもっと短かったかもしれない。神々は相談を重ね、鏡を用意し、岩戸の外でにぎやかな舞を始める。踊り手の天宇受売命(あめのうずめのみこと)の姿に、神々は大いに笑った。
自分がいないのに、なぜ外は楽しそうなのか。気になった天照大神が岩戸を少し開けると、鏡に映る姿が目に入る。やがて大神は外へ導かれ、世界は光を取り戻す。神々の笑い声は、物語の飾りではなく、閉じた岩戸を開くきっかけになっている。
この筋を知ると、河原の見え方も少し変わる。ここに重ねられているのは、ただ畏れ多い神の姿だけではない。どうしたらよいか分からず集まり、手を尽くして事態を動かそうとする神々の姿でもある。
岩戸の洞窟と、神々が集まった岩屋
高千穂では、天岩戸神社の西本宮から川沿いを進んだ先に、天安河原の岩屋がある。写真に写る鳥居は、この岩屋の中に立つものだ。天照大神が隠れたとされる「天岩戸」そのものと、同じ洞窟だと思うと、土地の伝承を取り違えてしまう。
天岩戸神社が御神体としてまつる天岩戸は、社殿の背後、断崖の中腹にある。一方、天安河原は神々の相談の場として伝えられる岩屋。神話の別々の場面が、同じ川の周辺に受け継がれている。

もちろん、神話に出てくる天上の川の位置を、地図の上で一つに確定できるわけではない。國學院大學の地名データベースには、天の安河を実在の川と結びつける複数の説も紹介されている。高千穂の天安河原は、神話の舞台として大切にされてきた伝承地の一つなのだ。
それでも、水の流れる場所に立つと、紙の上では遠かった河原の場面に奥行きが生まれる。岩の屋根、流れを挟む斜面、その先の空。物語を受け継ぐ人々は、こうした風景に神々の居場所を重ねてきたのだろう。
石の数だけ、あとから加わった願いがある
洞窟の周りには、石を数段ずつ積んだ小さな塔が広がる。神話の時代から同じ姿で残っているようにも見えるが、石積みが始まった時期ははっきりしていない。国土交通省の解説も、訪れる人がいつの頃からか願いを込めて積み始めた、と説明している。
つまり、この風景には、古い神話と、あとから訪れた人々の願いが重なっている。神々の相談を伝える岩屋に、一人ひとりの切実な思いが少しずつ加わった。石の大きさも、積み方もそろっていないところに、その時間が見える。
願いの内容は、石を見ても分からない。だから、他の人が積んだものを動かさず、足元に気を配りながら眺めたい。巨大な岩屋の下に並ぶ小さな石は、この場所の物語が、昔話だけで終わっていないことを教えてくれる。
この話の参考資料・写真の出典
アイキャッチ:高千穂の天安河原。岩屋の奥に鳥居が立つ。 写真:sk01 / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0、縮小・JPG変換)。


