何日もかけた砂の絵を、最後に崩す。チベットの砂曼荼羅

砂曼荼羅の制作に使う色砂の器と細長い金属の道具 神秘のしるし
写真:m_hweldon / Wikimedia Commons(CC BY 2.0)
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細い金属の管から、色のついた砂が少しずつ落ちていく。赤の隣に白、白の隣に青。遠くからは絵の具で描いたように見える線も、近づけば無数の粒です。チベット仏教の「砂曼荼羅」は、こんな作業を何日も重ねて作られます。

けれど、その精密な絵は、儀礼の最後に崩されることがあります。形を作り、役目を終えたら手放す。最後に形を崩して砂へ戻すところまでが、一つの儀礼なのです。

砂の線は、振動から生まれる

砂を落とす道具は「チャクプール」と呼ばれる、先が細くなった金属製の筒です。片手で持ち、表面の刻み目を別の金属棒でこする。振動によって砂が流れ出し、先端から細い線を引ける仕組みになっています。

スミソニアン国立アジア美術館が紹介する制作例では、下絵にチョークを使い、その上を色砂で埋めていきました。砂を置く前から、線の位置や全体の寸法を決める作業がある。決められた図に沿って少しずつ砂を置き、複雑な模様を形にしていきます。

同館の制作例で使われたのは、色をつけた大理石の粉でした。石を細かく砕いた材料を使い、さまざまな色の線を描き分けていきます。遠くからなめらかに見える面も、近づけば細かな粒が集まったものです。

上から眺めた、仏の住む宮殿

曼荼羅は、仏や菩薩などの尊い存在と、その世界を表す図です。円や四角の区画を組み合わせ、誰がどこにいるのかを描き分けています。模様の形や配置に注目すると、そこに表された世界をたどりやすくなります。

米国のマイケル・C・カルロス博物館は、観音菩薩を表す砂曼荼羅を、観音の住む宮殿を上から見た図として説明しています。外側の輪をたどり、区画を進み、中心へ向かう。制作する僧侶は、宮殿を心の中で進みながら、観音の慈悲について瞑想するといいます。

平面に描いた図を、心の中では宮殿としてたどる。円や四角の細部も、その瞑想を支えるものなのです。

観音菩薩の宮殿を表した、円と四角い区画からなる色鮮やかな砂曼荼羅
2008年、ダライ・ラマの訪問に合わせて英国下院に制作・展示された観音の砂曼荼羅。本文中の米国での制作例とは別のもの。 写真:Colonel Warden / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0、縮小・JPG変換)。

消える線が表す「無常」

砂を崩すとき、区画を分けていた線が失われ、別々だった色が混ざっていきます。スミソニアンの解説は、この行為を、存在が移ろっていく「無常」の象徴としています。

丁寧に作ったものだからこそ、残したくなる。その気持ちを強く呼び起こすほど、最後に形が消える場面は、簡単には見過ごせません。時間をかけて形を作ることと、それを自分たちの手で崩すこと。その両方が、ひと続きの儀礼になっているのです。

ただし、作るのに何日、完成後に何時間、と一つの決まりにそろえられるものでもありません。制作する図や儀礼、公開の場によって、その時間は変わります。

2016年のエモリー大学の報告では、三月の行事で作られ、博物館に展示されていた砂曼荼羅を、七月二十四日の閉会の儀礼で崩したと紹介しています。写真には、僧侶が砂を払い、渦のように混ぜ、集めるまでの動きが残されています。完成した瞬間に必ず取り壊す、という説明だけでは収まらない実例です。

集めた砂は、外の世界へ

スミソニアンの紹介する儀礼では、集めた砂を流れる水へ戻します。その意味は、曼荼羅に込めた恵みを、広い世界へ分かち合うことだと説明されています。カルロス博物館の別の制作記録でも、集めた砂を大学内の小川へ運ぶ様子が紹介されています。

一粒ずつ置いて描いた模様が崩され、色の混ざった砂は流れる水へ戻っていく。祈りをその場に留めず、広い世界へ届けるという信仰が、砂を外へ運び出す動きに表れています。

砂曼荼羅を見るときは、中心の華やかさに加え、外側の輪や、線を作る道具にも目を留めてみたい。最初は粒だったものが、一つの世界を形にし、また粒へ戻る。最後の姿まで知ると、制作中の一本の線にも、違う時間が感じられます。

この話の参考資料・写真の出典

アイキャッチ:色ごとに分けた砂と、砂曼荼羅を作るための道具。 写真:m_hweldon / Wikimedia Commons(CC BY 2.0、縮小・JPG変換)。