願い事は、はっきり書く。その文を何度も読み、気持ちを込める。そんなやり方に慣れていると、シジル魔術の入口で少し戸惑います。せっかく書いた願いを、わざわざ読めない形に変えてしまうからです。
紙の上に残るのは、線や輪が重なった、自分にしか由来の分からない印。言葉として眺めていたはずの願いが、いつの間にか、小さな紋章のような顔を持ち始めます。
文章を、ひとつの印に閉じ込める
この発想をたどると、英国の画家でオカルティストでもあったオースティン・オスマン・スペアに行き着きます。1913年の著作『The Book of Pleasure』には、シジルと欲望、意識の関わりが記されています。
既存の神や精霊の印を借りるだけでなく、自分の思考や願いを圧縮した印を作る。そこに、この方法の独特な親密さがあります。他人が見ればただの模様でも、描いた本人は、その線がどんな望みから生まれたかを知っているのです。
ただし、シジルという言葉の使われ方は広く、作り方も一つではありません。ここでは文字を減らして重ねる方法を入口に、自分の印を作ってみます。スペアの図を再現する手順ではありません。
短い願いから、文字の骨格を取り出す
例にするのは「I AM OPEN TO JOY」。喜びを受け取ることに開かれている、という意味を込めた短い文です。文の選び方から、自分が本当に望んでいる感覚を探します。誰かを思いどおりに動かす文にする必要はありません。
| 段階 | 紙に残るもの |
|---|---|
| 願いを書く | I AM OPEN TO JOY |
| 空白を取り、同じ文字を一度だけ残す | IAMOPENTJY |
| 母音を省いてみる | MPNTJY |
| 線を借りて重ねる | Mの斜線、Pの輪、Tの横線などを組み合わせる |
母音を取る工程も、必ず守る規則というより、文章を読みにくい形へほどくための工夫です。残った文字をきれいに並べ直すより、Pの輪を大きくする、Mの斜線を軸にする、Jの曲がりを下へ逃がす、といった具合に、一つの形へ混ぜていきます。
完成の目安は「願いの文章を読めること」から、「その印として眺められること」へ移ります。元の文字がすべて識別できなくても、図形が複雑でなくても構いません。
忘れる、という逆向きの作法
シジルの話でよく出会うのが、印を意識に刻んだあとは、その願いへの執着から離れるという発想です。願いを持つことと、叶ったかどうかを四六時中見張ることを、別の行為として扱うのでしょう。
描いたものをノートに挟んで閉じる。静かに眺めてから、別のことを始める。ここでは、火を使ったり、極端な身体状態を作ったりせず、そんな穏やかな区切りで十分です。忘れようとすることまで、新しい義務にしなくてよいのです。
読めないのに、何の印かは知っている
文字だったものを、少しずつ文字でなくしていく。その作業の途中で、願いの飾りが剥がれることがあります。欲しかったのは人からの評価なのか、安心なのか、誰にも邪魔されない時間なのか。短い一文を選ぶ場面に、すでに小さな問いが含まれています。
印が外の出来事を動かすと断言することはできません。それでも、自分だけの望みに、自分の手で形を与える時間には、既製のお守りを選ぶのとは違う手触りがあります。
完成した紙を、もう一度見てみる。読めない。けれど、その形を選んだ理由だけは、自分が知っている。シジルの不思議は、まずそこにあります。
この話の参考資料
掲載画像は、物語や思想から着想したイメージです。


