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昼は都の役人として働き、夜になると井戸を通って、閻魔大王の役所へ出勤する。京都の六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)には、そんな二つの顔を持つ人物の伝説が残る。名は小野篁(おののたかむら)。平安時代に実在した、官僚であり歌人でもある人だ。
寺の本堂の裏には、篁が冥土へ通うために使ったと伝えられる井戸がある。冥土とは、死者の行く世界のこと。遠い山の裂け目でも、海の果てでもなく、都の寺の庭に入口があるという。その近さが、妙に気にかかる。
実在の役人に、夜の仕事が加わった
篁は学問や詩歌に優れ、朝廷で高い地位にまで進んだ人物である。一方、寺の解説では、強い個性の持ち主としても紹介されている。遣唐使の船をめぐって大使と対立し、隠岐へ流された経歴もある。きれいに収まりきらない人だったらしい。
その篁が、死者を裁く閻魔の役所にも仕えていた。寺によれば、この冥官伝説は『江談抄』や『今昔物語集』などにも見え、平安時代の末頃にはすでに語られていたという。実在の人物の経歴の上に、あの世での役目が重ねられている。
私は、この話では「夜も仕事をしている」というところに惹かれる。怪しい力を持つ人物が、ただ人を驚かすのではなく、向こう側でも役人として働いている。死者の世界にまで役所があるという想像には、都で暮らす人々の実感がにじむように思える。
もっとも、井戸を行き来したという話を、篁の実際の勤務記録と同じように扱うことはできない。歴史上の人物と、後に語り継がれた伝説。その二つが重なるところに、この人のおもしろさがある。
なぜ、この場所があの世の入口なのか
六道珍皇寺のあたりは「六道の辻」と呼ばれる。仏教の六道とは、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天という六つの世界のこと。生きものが生まれ変わりながら巡る世界であり、どれも単純に「あの世」だけを指すわけではない。
寺では、この地を、この世とあの世が接する辻として伝えている。その背景にあるのが、鳥辺野(とりべの)へ至る道だ。鳥辺野は、かつて都の東にあった葬送の地。亡くなった人を送り出す道筋に寺があり、人々はここで、生きている者と死者の別れを身近に感じたのだろう。
町の中に境目がある、という発想を考えてみる。歩いて来られる場所なのに、ここから先は普段の暮らしとは違う。篁の井戸も、そうした土地の記憶の中に置かれたとき、単なる奇抜な抜け道とは違って見えてくる。
井戸の向こうには、救う役目もある
篁と結びつくのは、怖い閻魔だけではない。京都市が紹介する伝説には、篁が地獄で地蔵菩薩に出会い、その姿をもとに六体の地蔵を作った、という話もある。後に六地蔵めぐりへとつながる物語だ。

境内に並ぶ地蔵の写真を見ると、冥土の話に別の表情が加わる。あの世は罰を受ける場所として恐れられると同時に、救いを願う相手のいる場所でもあった。篁は、その間を通う人物として語られてきたのである。
六道珍皇寺には、お盆に先祖の霊を迎える「六道まいり」も受け継がれている。迎え鐘の音は冥土へ届き、先祖の霊を呼び戻すとされる。生きている者が井戸から向こうへ行く話と、亡き人にこちらへ帰ってきてもらう祈りが、同じ寺にある。
怖い入口を知ったあとで、帰りを待つ人々のことも知る。すると、この井戸の伝説は少し優しくなる。向こう側があると信じることは、失った人とのつながりを、完全には閉じないことでもあったのかもしれない。
井戸のある庭や寺宝の拝観は、通常の境内参拝と公開条件が異なる場合がある。訪れる際は寺の案内を確かめたい。物語を知ってから門をくぐるだけでも、都の中の小さな境目が、少し違って見えるはずだ。
この話の参考資料・写真の出典
冒頭の写真:京都・六道珍皇寺の境内。本堂の裏に冥土通いの井戸が伝わる。 写真:663highland / Wikimedia Commons(CC BY 2.5、縮小・JPG変換)。


