怖い顔を、災いの来る方へ。古代メソポタミアのパズズのお守り

大英博物館に並ぶ、目と口を強調した三つのパズズの頭部 魔術と浄化
写真:Zunkir / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
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大きく見開いた目、歯をむいた口、細い首。古代メソポタミアに残された「パズズ」の頭部は、小さくても険しい顔つきをしています。人はこの顔を小さな飾りにして、身につけていました。

パズズは、災いをもたらす風に結びついた悪霊の王です。同時に、別の恐ろしい存在を追い払うため、お守りにも使われました。頼ったのは、穏やかな顔をした守り手ではありません。自分を脅かすものに対抗できる、強く怖い顔だったのです。

山から来る、病を運ぶ風

メソポタミアは、現在のイラクを中心に、チグリス川とユーフラテス川の流域に栄えた古代文明の地域です。パズズの図像は、その長い歴史の中では比較的遅い、紀元前八世紀末ごろから知られるようになります。

メトロポリタン美術館の解説では、パズズは、現在のイランとイラクの境にあるザグロス山脈から吹く冷たい風に結びつけられていました。その風は病を運ぶと考えられていたといいます。

体を備えた姿では、翼や動物の足、サソリのような尾などが組み合わされます。一種類の動物に似せた像というより、さまざまな怖さを集めたような姿です。その一方で、頭と首だけを表した小さなものも多く残っています。

母と子を脅かすものを、遠ざける

パズズに退けてもらおうとした存在に、「ラマシュトゥ」という悪霊がいます。古代の物語では、妊娠した女性や生まれたばかりの子どもを襲うと恐れられていました。

出産の前後に、母子が無事でいられるか。現代のように原因を調べたり危険へ対処したりする手段が限られていた時代、その不安は、姿を持った脅威としても語られました。パズズは、その相手を追い返す力を期待されたのです。

メトロポリタン美術館には、ラマシュトゥを刻んだ黒曜石のお守りもあります。黒曜石は火山活動で生まれる天然のガラス。そこには悪霊の姿だけでなく、周囲や裏面に、追い払うための文字も刻まれています。恐ろしい像を持つ行為には、文字や祈りを組み合わせた作法がありました。

頭上に吊り輪があり、翼と動物の足を備えたパズズの全身像
翼や動物の足を備えたパズズの全身像。頭部だけを表したお守りとは異なる姿。 写真:PHGCOM / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0、縮小・JPG変換)。

小さな吊り輪が、顔を外へ向ける

同館所蔵の青銅のパズズの頭部は、紀元前八〜七世紀ごろのもの。高さは約4.3センチです。首も含めて指ほどの長さの像に、目や口、額の突起がくっきりと作り込まれています。

興味深いのは、紐を通す輪の向きです。美術館の説明によると、首飾りとして吊るしたとき、パズズの顔が外側を向く構造になっています。身につける人が見つめるための顔というより、その人の前へ現れる危険に向けた顔なのです。

お守りを裏返して見ると、模様の意味に加えて、どう使ったかを考える手がかりが見つかります。小さな輪の位置が、持ち主と悪霊の顔を、同じ方向へ向かせています。

祈りの知識も、残されている

当時のメソポタミアでは、呪文や儀礼は、暮らしに関わる専門的な知識でもありました。アッシリアの王たちのもとで、そうした知識が集められ、粘土板に記録されています。残ったのは奇妙な像だけでなく、何を唱え、何を使うかを伝える文章でした。

儀礼を行う専門家は「アーシプ」と呼ばれ、王の相談役を務めることもありました。一方、塗り薬などで人を治療する医師も、儀礼ではアーシプと仕事を共にしたと説明されています。祈る人、薬を使う人が、それぞれの知識で人の危機に向き合っていた時代です。

パズズの怖さも、この知識の中に置くと役目が見えてきます。災いに関わる存在でも、その力を別の災いへ向ける。自分にとって危険なものを、頼る相手にも選ぶところに、このお守りの独特な発想があります。

ガラス越しに目や牙を見るとき、その顔が誰のために、どちらを向いていたかまで想像してみる。持ち主の胸から外へ向いた小さな顔には、日常へ入り込む不安を、手前で食い止めたいという願いが託されていました。

この話の参考資料・写真の出典

アイキャッチ:大英博物館のパズズの頭部。本文で紹介するメトロポリタン美術館所蔵品とは別のもの。 写真:Zunkir / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0、縮小・JPG変換)。