扉の小さな手は、何を守るのか。モロッコのハムサ

モロッコのヌコブにある木の扉に取り付けられた手の形のドアノッカー 魔術と浄化
写真:Bernard Gagnon / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0、縮小・JPG変換)
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モロッコの扉に、小さな金属の手が付いている。扉をたたくための金具なのに、指の形には、こちらへ手のひらを向けているような表情がある。首飾りや護符にも現れるこの手は、ハムサ、あるいはカムサと呼ばれる、身を守る印の一つだ。

人間の手によく似たものもあれば、左右に親指があるような、対称的な形もある。真ん中に目を描いたり、文字を刻んだりしたものも。何かをつかむ手というより、見えない相手に差し出す手のように見える。

五本の指で、誰の視線を受け止めるのか

ハムサという名は「五」を意味する言葉と結びつく。大英博物館は、北アフリカや中東の手の護符を、羨望の目から身を守るものとして紹介している。モロッコの例では、イスラム教徒にもユダヤ教徒にも使われた可能性が示されている。

そこで恐れられる「邪視」は、誰かの羨望の視線が、見られた人や物へ災いをもたらすという考え方だ。ひそかに悪だくみをする人物だけが怖いわけではない。自分の幸福が他人の目に映ったとき、そこから何かが変わってしまう。その不安が、身近な品物の形になっている。

人に見られたい気持ちと、見られすぎたくない気持ちは、同時にある。私はこの手を見ると、人の目から少し距離を取りたい日のことを考える。

いまなら、写真を誰に見せるか、どこまで暮らしを公開するか、という迷いにも重ねて読める。昔の人が同じことを考えていたと決めることはできないが、幸せなものほど守っておきたいという感覚は、遠いものではなさそうだ。

一つの形に、異なる人々の暮らしが残る

ハムサは「ファティマの手」という名でも紹介される。ファティマは預言者ムハンマドの娘。ただ、この呼び名だけで品物すべての来歴を説明することはできない。手の形は、異なる信仰を持つ人々の間でも使われてきた。

フランスの博物館ミュセムが所蔵するモロッコの銀製の護符には、ヘブライ文字を透かし彫りにした例がある。博物館は、その形と文字から、モロッコを訪れたユダヤ人向けの品物だったと説明している。同じ手の輪郭の中に、使った人や作られた時代の違いが刻まれているのだ。

ベルギーのユダヤ博物館に展示された、ヘブライ文字などで装飾されたモロッコの手形の護符
モロッコのハムサの展示。ベルギーのユダヤ博物館で撮影されたもの。 写真:Miguel Discart / Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0、縮小・JPG変換)。

写真に並ぶモロッコの護符も、指の長さや装飾がそれぞれ違う。名前を一つ覚えて終わりにするより、文字があるか、目があるか、何に取り付ける形なのかを見比べると、品物の個性が見えてくる。

手の形をしていない手もある

さらに、手らしさを大きく崩した装身具もある。メトロポリタン美術館は、モロッコの先住民アマズィグの女性が身につけた装飾品「フレット・ハムサ」を、手のモチーフを抽象化したものとして紹介している。首から下げたり、腰に付けたりした品だ。

五本の指を写実的に並べなくても、守る手という意味を受け継げる。銀の輪郭や透かし彫りは、飾るための美しさと、身を守る願いを一緒に背負っている。装飾品とお守りをきっちり分けようとすると、かえって見落とすものがありそうだ。

扉の手には、もう一つの近さもある。訪ねてきた人は、その手を使って家の中へ来訪を知らせる。人を迎える扉に、人の目から身を守る形が置かれる。開くことと守ることが、一つの場所で隣り合っている。

私は、この少し矛盾した感じを残したまま見ていたい。誰も入れないための壁でも、すべてに開いた入口でもない。人と関わりながら、自分や家族の大切なものを守る。その距離の取り方が、小さな金属の手に表れているように思える。

この話の参考資料・写真の出典

冒頭の写真:モロッコ・ヌコブの手の形のドアノッカー。 写真:Bernard Gagnon / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0、縮小・JPG変換)。