海にも、種をまく。済州島で風の女神を迎える春

済州島の海岸で潜水具や網を手にして集まる海女たち お金と豊かさ
写真:idobi / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)
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種をまく先は、畑だけではありません。韓国の済州島には、海へ雑穀の種をまき、豊かな漁を願う儀礼があります。種まきのしぐさに、海の恵みへの願いを託すのです。

この習わしは、風の女神を迎え、送り出す「ヨンドゥングッ」という祭りの中にあります。強い風が暮らしを左右する島で、人々は女神をどのように迎え、春の仕事へ向かってきたのでしょう。

旧暦二月に来る、風のおばあさん

ヨンドゥンは、風に関わる女神。済州島では「ヨンドゥンのおばあさん」という姿でも語られます。海と陸に豊かさをもたらすとされ、旧暦二月に迎えたあと、半月ほどして送り出す儀礼を行います。

「グッ」は、神々を招いて祈る朝鮮半島の儀礼です。その中でもヨンドゥングッは、季節の風と、漁や農作業の一年に深く結びついています。海が穏やかであることと、漁や農業が豊かになることを願う、暮らしに根づいた儀礼です。

済州大学の研究者が、ユネスコの関連機関が発行する雑誌に寄せた解説では、現在は迎える儀礼よりも、送り出す儀礼が大きな意味を持つとされています。女神を迎え入れる日と、見送る日。それぞれに祈りの作法があるのです。

海女と船主が、食べ物を持ち寄る

代表的なものが、済州市のチルモリダンという村の祠で行われる儀礼です。ユネスコの無形文化遺産にも登録されています。海が穏やかで、漁が豊かであることを願い、祈りを担う人たちのほか、海女や船主が食べ物や供物を用意します。

済州の海女は、海へ潜って貝などを採る女性たちです。今日何を採れるかも、無事に岸へ戻れるかも、海の状態と切り離せません。魚介が豊かにあるだけでなく、働く人が帰ってこられることが、同じ祈りの中にあります。

チルモリダンの祈りの場は、石垣で囲まれた比較的広い平地にあります。研究者の説明では、神が宿るとされる三つの岩がまつられています。海に面した村の暮らしが、祈りの場所のすぐそばまで続いています。

済州の祈祷儀礼グッを、人形と祭壇、供物で表した博物館展示
済州民俗自然史博物館で、チルモリダンのグッを表した展示。人形による再現で、実際の儀礼の記録写真ではない。 写真:karendotcom127 / Wikimedia Commons(CC BY 2.0、縮小・JPG変換)。

海へ種をまき、実りを占う

儀礼の途中では、海女たちが海辺で雑穀の種をまき、豊かな漁を祈ります。さらに、種がうまくまかれたか、魚が多く獲れるかを占う行為もあります。

陸の畑で種から作物が育つように、海にも恵みが満ちてほしい。種をまく身ぶりには、そんな豊穣への願いを読み取れます。種をまく人が海女であることにも、その願いと日々の仕事の近さが表れています。

風の女神だけが、この場に招かれるわけではありません。海を司る竜王や、舟の神にも祈りが向けられます。供えた食べ物の一部をちぎり、韓国の伝統的な白い紙「韓紙」に包んで海へ送る行為は、竜王や、水で命を落とした孤独な霊への供物だと説明されています。

目の前にいる家族や村人に加え、海の中にいると考えられた存在にも食べ物を届ける。漁の成果だけを願うには収まらない、海との付き合い方が重なっています。

最後に、小さな舟を送り出す

祭りの終わりには、舟を守る神を見送る儀礼があります。ユネスコの紹介では、村の年長の男性たちが小さな藁舟を海に浮かべ、送り出す場面が挙げられています。

風の女神を迎えるヨンドゥングッには、海の竜王や、舟を守る神への祈りも含まれています。女神をもてなす祭りを通して、海で働く人々を守るさまざまな神が、ともに敬われているのです。

迎える日と送る日のそれぞれに、人々の役割があります。食べ物を用意する海女や船主、祈りを担う人、舟を海へ送る年長者。海辺の村で暮らしを営む人たちが、それぞれの持ち場から一つの儀礼を支えています。

風は、暮らしを支える海へ出る道を、突然閉ざすこともあります。その風をもたらす存在に名前をつけ、迎え、もてなし、送り出す。済州島の春には、豊かさを望む気持ちと、海の前で慎重になる気持ちが、種と小舟の形を取って残っています。

この話の参考資料・写真の出典

アイキャッチ:済州島の海女たち。祭りを支える人々の仕事に関わる写真で、ヨンドゥングッの儀礼そのものを撮ったものではない。 写真:idobi / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0、縮小・JPG変換)。