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新年のケーキを切るとき、皆が少しだけ中身を気にしている。ギリシャで食べられる「ヴァシロピタ」には、硬貨が一枚、隠されています。自分に配られた一切れからそれが出てきた人には、一年の幸運が訪れるといいます。
ただの当たりくじ付きのお菓子、と思って眺めると、切り分ける途中で不思議なことに気づきます。席にいる家族だけでなく、家そのものにも取り分がある。食べる人のいない一切れにも、行き先が決められているのです。
最初の一切れは、誰のものか
ギリシャ政府観光局の紹介では、家の主人がケーキの上でナイフを十字に動かしてから、一切れずつ、誰のためのものかを告げながら分けていきます。最初はキリスト、聖母マリア、聖バシレイオス、家のために。その後、家族へ年齢順に配る例が紹介されています。聖バシレイオスは、この菓子の名前の由来となった聖人です。
一方、ギリシャの政府系農業情報サイトには、家を最初にする順序も載っています。切り分け方には違いがあり、どの家庭も全く同じ順番というわけではありません。貧しい人のために取り分を設ける場合もあります。
観光局の説明では、村によっては家畜や畑、漁船、水車にも一切れを割り当てるそうです。家畜や畑、漁船、水車は、その家の食事や仕事を支えるものです。それらのためにも一切れずつ取り分け、新しい年の幸運を願います。

名前の奥には、聖人の物語がある
ヴァシロピタという名前は、聖バシレイオスのパンや菓子を意味します。ギリシャ正教会が一月一日に記念する聖人で、現在のトルコにあたるカッパドキアのカイサリアで司教を務めた人物です。
硬貨を隠す由来には、こんな伝承があります。重い税を求められた町の人々が、貴重品を持ち寄りました。聖人の働きによって徴収を免れたものの、誰の品かを確かめて返すのが難しい。そこで小さなパンやパイに品を入れて配ると、不思議にも、元の持ち主へそれぞれ戻ったといいます。
政府観光局も、これを聖人の奇跡として伝わる物語と紹介しています。伝承に出てくる「菓子に隠して配る」という行為は、今の新年の習わしにも重なります。
別の紹介では、聖人が貧しい人へお金を配るために、パンの中に隠したとも語られます。米国ウェブスター大学のアテネ校が、実際にこの習わしを行った報告にも出てくる説明です。返す物語と、施す物語。形は少し違っても、食べ物を通して誰かへ大切な品やお金を届けるところは共通しています。
甘いケーキとは限らない
ヴァシロピタには、丸い焼き菓子の表面に、新しい年の数字を書いたものもあります。アーモンドや砂糖を使った飾りにも、新年らしい華やかさがあります。けれど、ヴァシロピタは、一種類の決まったケーキの名前ではありません。
政府観光局が挙げる地方の例は、意外なほど多彩です。ザキントス島では発酵種やアーモンド、香辛料を使ったパン。レスボス島ではミジスラというチーズを用います。北西部のイピロスでは、肉とフェタチーズ、ミントを入れたパイもあるといいます。
甘いパンやケーキの地方もあれば、薄い生地を重ねた塩味のパイの地方もある。その土地で作り慣れた料理に、新年の習わしが入り込んでいるのです。外側の味や形が変わっても、硬貨を一枚隠すという仕掛けは残ります。
当たりを待つ時間を、皆で分ける
硬貨は「フルーリ」と呼ばれます。ギリシャ正教会の案内では、この習わしのための金めっきの記念用コインも紹介されています。普通の通貨だけを使うのではなく、祝うために選ぶ小さな品にもなっています。
自分の一切れに硬貨は入っているだろうかと、切り分けられるのを待つ。その時間は、同じ卓を囲む皆にあります。そして切り分ける前には、神や聖人、家、家族など、この一年をともに迎える相手が、一つずつ数えられている。
幸運を受け取るのは、硬貨を見つけた一人かもしれません。それでも、ケーキを切る行為は、誰を思い、何に支えられて新年を迎えたかを、食卓に並べていきます。舟や畑のための一切れまで置かれる、その広さが心に残る習わしです。
この話の参考資料・写真の出典
アイキャッチ:アーモンドを飾ったヴァシロピタ。地域によってパンや塩味のパイになることもある。 写真:Alexander Baxevanis / Wikimedia Commons(CC BY 2.0、縮小・JPG変換)。


