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夜、車の窓を少年たちがたたく。映画代を家に忘れたので、取りに戻るために車へ乗せてほしい。
ただそれだけの頼みなのに、運転席の男性は強い恐怖を感じたといいます。そして相手の目を見直すと、黒一色だった。
「黒い目の子どもたち」と呼ばれる都市伝説には、よく知られた一人の語り手がいます。アメリカ・テキサス州の新聞記者、ブライアン・ベセルです。
彼が語ったのは、正体の分からない少年たちに出会った一晩。その話がネットへ広まった後には、本人が説明を書き続ける、もう一つの話がありました。
映画代を取りに戻りたい
ベセルは2013年の回顧記事で、出来事は1996年頃だったと思う、と書いています。正確な日付を残していなかったことも、自分から認めています。
場所は、暮らしていた町アビリーンの映画館近く。ネット接続業者の料金を払うため、車内で小切手を書いていたといいます。そこへ近づいてきたのが、ふたりの少年でした。
窓を少し開けると、少年の一人が、映画を見たいが母親の家に金を置いてきたので、車に乗せてほしいと頼んだ。
子どもからのお願いとしては、ありそうな話です。しかしベセルによれば、会話の内容とは釣り合わないほどの恐怖が続いていました。
本人の回顧で次に気になるのは、映画の時間です。最終回はすでに始まっている。これから家へ往復して戻った頃には、ほとんど終わってしまうはずでした。
急いで映画を見たいという頼みに、時間が合わない。その点に気づいても、少年たちは車に乗りたがったといいます。
時計と、車の鍵
ベセルは、自分の手がドアの鍵へ伸びていることに気づき、引き戻したと書いています。相手へ視線を戻すと、ふたりの目が黒一色に見えた。
彼は窓を閉め、車をバックさせてその場を離れました。去り際にミラーを見ると、もう少年たちの姿は見えなかったといいます。参考ベセル本人の回顧記事
ここまでが、彼自身が語った一夜の大筋です。少年たちが実際に消滅したことや、車に乗せていたら何が起きたかが分かった話ではありません。ベセルが恐怖を感じ、相手の姿をそのように記憶しているという体験談です。
けれども、話を聞く側には、自分ならどうしただろうという問いが残ります。お願いを聞くのか、窓を閉めるのか。相手の正体が分かるまで、その場で待っていることなどできたのでしょうか。

本人がFAQを書いた
話は、車で逃げたところで終わりませんでした。
ベセルは回顧記事で、体験を書き、友人たちの小さなメールリストで共有したと説明しています。そこから話が広いネットへ伝わっていった、というのが本人の振り返りです。
2000年10月9日付で保存されているネットの投稿には、ベセル名義の「よくある質問」があります。彼はすでに、この話について繰り返し問い合わせを受けていました。
そこには、元の体験談がネット上で冗談にされ、別の話を足されていくことへの戸惑いが記されています。本人は、元の話と、その後に広まった冗談を分けたいと説明しました。名前を落として転載されたものもあるとして、出典を残してほしいとも求めています。
「黒い目の子ども」を意味する英語を略したBEKという呼び名も、自分では誰が作ったか覚えていないと書いていました。
夜、車の窓へ来たふたりについて書いたつもりだったのに、いつの間にか一種類の存在を呼ぶ名前ができている。本人のFAQには、テレビ番組がつまらないことまでBEKのせいにするような冗談が挙げられています。怖い体験の説明を求められる一方で、自分とは違う調子で広まる話にも返事をしなければならなかったのです。参考2000年の本人名義のFAQ
同じ映画館で、別の怖い話を見る
2013年の回顧でも、ベセルは、その後に届いた類似の体験談をすべて信じているわけではないと書いています。自分の話をなぞりすぎているものは退ける一方、似た恐怖を感じさせる話もある、と受け止めていました。
後年の南カリフォルニア大学の民俗資料にも、黒い目の子どもたちの話が採録されています。ただし筋書きは一様ではありません。車に乗せてほしいという話に限らず、子どもへの接し方が違う語りも残っています。採録は、そう語る人がいたという記録で、少年たちの実在を裏づける独立した証拠とは別のものです。参考南カリフォルニア大学の採録例
見えなかった少年たちの行き先よりも、書かれた話の行き先の方が、少しだけ追える。本人の言葉を離れ、冗談や新しい体験談をまといながら、別の人の口へ渡っていきました。
そしてベセル自身は、映画館を避け続けたわけではありません。2000年のFAQには、後に同じ映画館を何度か訪れ、この話を知っている友人たちと『シックス・センス』を見たという後日談もあります。
少年たちには、もう会いたくないと書く彼も、同じ場所へ、今度は友人たちと怖い映画を見に行っていました。


