壁の向こうでしゃべる同居人。マングース「ジェフ」の奇妙な暮らし

農家の板壁を見つめる犬 世界の不思議
もっと自然な音声で聴くには

お使いのブラウザーに備わっている読み上げ機能もご利用いただけます。

iPhone・iPad:Safari

  1. Safariでこの記事を開きます。
  2. アドレス欄の左端にあるページメニューボタンをタップします。
  3. 「ページの読み上げを聞く」を選びます。

Safariの公式手順

Android:Chrome

  1. Chromeでこの記事を開きます。
  2. 右上の「︙」メニューを開き、「このページを読み上げ」を選びます。
  3. 再生画面で声や速度を調整できます。再生モードが表示される場合は、「標準の再生」を選ぶと記事の全文を聴けます。

項目が表示されない場合は、Chromeの公式ヘルプで利用条件をご確認ください。

PC:Microsoft Edge

  1. Microsoft Edgeでこの記事を開きます。
  2. 記事本文の上で右クリックし、「音声で読み上げる」を選びます。
  3. 画面上部の「音声オプション」で、声や速度を変更できます。

Windowsでは、Ctrl+Shift+Uでも読み上げを開始・停止できます。Edgeの公式手順

メニュー名や利用できる機能は、ブラウザーのバージョンやページによって異なる場合があります。

家の壁の向こうから、何かが動く音が聞こえる。ネズミかと思っていると、やがて人の声のようなものが聞こえ始めた。

1930年代、マン島の農家に暮らす一家は、そんな話をしました。声の主は自分をマングースと名乗り、家族と話し、ときには食べ物を求めたといいます。

名前はジェフ(Gef)。その小さな同居人の話は島の外へも伝わり、調査者が家を訪れました。姿を確かめようとした人たちの手には、やがて、わずかな毛が届けられます。

壁の向こうにいるもの

マン島は、イギリス本島とアイルランドの間に浮かぶ島です。その西部の農家に、ジェームズ・アーヴィングと妻マーガレット、娘のヴォーリーが暮らしていました。

ロンドン動物学会の紹介によれば、1931年ごろ、一家は壁の裏から引っかくような音を聞くようになります。その音が、やがて言葉を話す声になったというのです。

一家が伝えたところでは、壁の向こうにいるのは、インドのデリー出身のマングースだという相手でした。マングースは、細長い体を持つ小型の哺乳類です。けれども、一家がジェフと呼ぶその相手は、普通の動物として想像するには、ずいぶんおしゃべりでした。

草地にいるシママングース
写真はシママングース。Photo: TKnoxB/出典/CC BY 2.0。縮小。

ジェフの話は、心霊現象を調べていたハリー・プライスの耳にも届きます。彼は後に、アーヴィングが手紙の形で残した記録をもとに、家で何が起きたとされていたのかを書きました。参考プライスの著書『Confessions of a Ghost-Hunter』

食べ物を求める声

プライスが紹介した一家の話では、ジェフには好物がありました。ベーコンやソーセージ、バナナ、チョコレートを食べる一方、牛乳や水には手をつけなかったといいます。

やがて、ジェフが捕まえたというウサギが、家の外に置かれるようになった。家族が与える食べ物のお返しのように、獲物を届けてくれるという話でした。

よくしゃべり、空腹を訴え、ときには家族が眠れないほど声を出す。プライスが読んだ記録には、そんな相手との暮らしが積み重ねられていました。

ただし、それはプライス自身がウサギを捕まえる姿や食事を見たという意味ではありません。彼が読んだのは、家族から届いた手紙や記録です。

声を聞いたと報告したのも、家族だけではありませんでした。プライスが先に現地へ送った調査者は、帰ろうと玄関へ向かったとき、甲高い声を聞いたと報告しています。声の方へ戻ると、今度は聞こえなくなったそうです。姿を確かめることはできませんでした。

会いに行った調査者

1935年、プライス自身もマン島へ向かいます。同行したのは、BBCの雑誌編集者リチャード・ランバートでした。

ところが、訪問前、家族からはジェフが姿を見せなくなったと伝えられていました。プライスたちは父親の案内で農家へ行き、家族から話を聞きながら、声を待ちました。

母親も、プライスも、壁に向かって呼びかけたといいます。しかし、その晩、返事はありません。翌日も家を訪ねましたが、ふたりはジェフに会えませんでした。

プライスは、壁と板張りの間に隙間があることや、板のあちこちに穴があることを見ています。彼は、一つの場所から話した声が家の別の場所へ伝わる可能性にも触れました。家の中で声が聞こえたとしても、それだけでは誰が、どこから話したのかを決められなかったのです。

訪問を終えた後、一家からは、ジェフが戻ってきたという話が伝えられました。プライスに姿を見せなかった理由も語られたといいます。

届けられた毛を調べる

プライスのもとには、ジェフのものだという毛も届いていました。アーヴィングの説明では、ジェフが自分の背中と尾から抜いたものだといいます。

毛は、動物学者ジュリアン・ハクスリーを通じ、毛や動物の体を研究していたF・マーティン・ダンカンに渡されました。ダンカンは顕微鏡で観察し、ほかの動物の毛と比べます。

プライスが著書に載せた返答で、ダンカンは、標本はマングースの毛ではなく、毛の長い犬のものに近いと判断しました。プライスが農家を訪れたとき、一家はモナというコリー犬を飼っていましたが、似ているという見立てだけで、どの動物から採られたかまで確定するわけではありません。

声と姿を探していた話に、目で見て比べられる毛が加わった。それでも、毛の送り主が考えていたことや、家で聞かれた声の正体まで分かったわけではありませんでした。

標本箱に残った名前

その毛に関係する標本は、今もロンドン動物学会の資料の中に残っています。

ダンカンが集めた標本の箱が動物学会に寄贈され、後年、資料を整理する中で、ジェフのものとされた毛のプレパラートが見つかりました。参考ロンドン動物学会の所蔵品解説

標本が見つかった背景には、膨大な収蔵品を整理する仕事がありました。動物学会によると、ダンカンは1957年に複数の箱に入ったプレパラートを寄贈しています。2019年に同学会が生物資料を保存・記録するバイオバンクを設けた後、古い標本の調査とデジタル化が進みました。

その中に、ジェフの名が付いた毛の標本もあったのです。どんな経緯で毛が調べられ、どこに保管されたかをたどれる一方、名前の付いたラベル自体が動物の正体を証明するわけではありません。

同学会は、毛の見た目から犬のものが最も考えられるとしながら、遺伝子検査は行われていないと説明しています。標本が何の動物に由来するかを、そこで断定することはできません。

しゃべる同居人がいたという一家の話と、それを調べようとした人々。その間を行き来した小さな毛は、動物の姿を見せないまま、標本として残りました。