消されるはずの黒板に残った、シュタイナーの宇宙

黒い紙に重なる赤い輪、内向きの黄色い矢印、白い三角形を描いたシュタイナーの黒板画 神秘のしるし
ルドルフ・シュタイナーの黒板画、1923年4月20日(GA84・図版6)。所蔵:Rudolf Steiner Archiv, Dornach。図版出典:Spyros Petritakis論文(2018)、15頁・図2。原作品の保護期間は終了。
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黒い紙の上に、白い三角形がある。その左には赤い輪が重なり、黄色い矢印が内側へ向かっている。人の輪郭らしい線もあれば、右側には緑と赤と黄が流れるように引かれている。

不思議な宇宙の地図にも、まだ名前のない生き物の図にも見えます。これを描いたのは、ルドルフ・シュタイナーという思想家。講演をしながら、黒板へ引いた線でした。

日付は1923年4月20日。スイスのドルナッハで、人が考えるとはどういうことかを語った日の図でした。この日の講演には、目の前の図を見直したくなる問いが出てきます。

黒板に描いた三角形は、本当にそこにあるのか。

白い線を見れば、三角形がある。そう答える前に、彼の話を少したどってみましょう。画像黒板画を拡大して見る

ゲーテの本を編んでいた青年

シュタイナーは1861年、現在のクロアチアにあたる土地に生まれました。父は鉄道で働き、少年時代の一家は線路に近い駅の建物で暮らしています。青年になるとウィーンの工科大学で、生物、化学、物理、数学などを学びました。

やがて仕事の大きな柱になったのが、ゲーテの自然科学に関する著作の編集です。『ファウスト』などで知られる詩人ゲーテは、植物や色の研究も残しました。シュタイナーはその文章を読み、編み、ゲーテが自然をどう捉えたのかを考えます。1890年にはワイマールのゲーテ・シラー文書館で仕事を始めました。参考資料館による人物紹介

腕を組んで座るルドルフ・シュタイナー、1905年
ルドルフ・シュタイナー、1905年。撮影:Otto Rietmann/Rudolf Steiner Archiv(自由利用の公開資料)。

形が違うものの間に、どのようなつながりがあるのか。変化していくものを、どう理解するのか。ゲーテの自然観は、その後も彼の仕事に関わり続けます。のちに造った建物に「ゲーテアヌム」と名付けた理由も、本人はゲーテへの感謝として説明しています。

見えない世界を、知ろうとする

哲学書を書き、雑誌を編集し、ベルリンでは労働者のための学校でも教えました。1902年からは神智学協会のドイツ支部で活動し、講演を重ねます。神智学は、宗教や哲学を横断しながら精神的な世界を探る思想運動です。やがてこの組織を離れ、人間と世界の精神的な関係を探る「人智学(じんちがく)」の活動が、1913年に独立した協会を持つようになります。参考活動の歩み

後半生には、学校づくり、農業、舞台芸術、建築へと仕事が広がります。黒板の図も、その広い活動の中で生まれました。図を一枚読むときには、彼が人間の認識をどのように考えていたかが手がかりになります。

シュタイナーは、目や耳で捉える範囲の外にも現実があり、人間は認識の力を育ててそこへ近づけると考えます。

彼自身は、それを「精神科学」として語りました。この言葉には、ただ教えを受け取るだけでなく、自分で知ろうとする道である、という立場が含まれています。ただし、本人がそう呼んだことと、その内容が現在の自然科学で実証されていることは別に考える必要があります。

講演の黒板も、その探究に使われました。人間の身体を描く。植物を描く。天体のしるしを書く。それらの間に線を引き、同じ図の中で関係を示していく。彼がどのように世界を捉えようとしたかが、言葉とともに紙へ残されたのです。参考人智学についての本人の講演

三角形は、黒板にあるのか

冒頭の図と同じ日の講演を読むと、シュタイナーはまず、考える働きそのものへ注意を向けるよう話しています。

そこで持ち出したのが、三角形でした。

黒板にはチョークの線がある。しかし、よく見れば、それはチョークの粒が表面に付着したものです。粒をいくら細かく調べても、頭の中で思い浮かべる三角形そのものにはなりません。

この区別は、手元の紙でも考えられます。少し曲がった線を三本つなぎ、角を閉じてみる。線に太さがあり、角がはみ出していても、私たちはそれを三角形として読めます。何を三角形とするかを、見る側がつかんでいるからです。

シュタイナーはさらに、黒板へ何も描かなくても、頭の中で一本目、二本目、三本目の線を引けると話します。手を動かさずに、形を作っていく。

ここで彼が聞き手に向けさせたのは、完成した三角形から、それを心の中で作る活動への注意でした。

同じ日の黒板画には、確かに白い三角形があります。けれども講演を読んだあとでは、その三本の線だけで話が終わらなくなる。図を理解しているとき、自分はいま何をしているのか。その問いが、見る側に返ってきます。参考1923年4月20日の講演・第4段落以降

話は、形を心の中で動かす例へ進みます。赤と緑の領域を思い描き、その内側と外側を交互に入れ替えていく。色が広がり、もう一方が縮む、その変化を心の中で追うのです。

紙の図は動きません。聞き手の側が、図を手がかりに動きを思い浮かべる。三角形を作ったときには短い線の連なりだったものが、ここでは変化し続ける像になります。

シュタイナーは、こうした内的な活動を深めると、身体の動きを感じるように、考える働きも感じられると説きました。そこから、肉体とは異なる「エーテル体」、生命を形づくる働きを担う存在を経験できる、という人智学の説明へ進みます。

三角形を思い描けることと、エーテル体を認識できるという主張の間には、彼の思想の大きな一歩があります。黒板に描かれた身近な形から、話はそうした精神世界の認識へ続いていたのです。

一方、講演の使い方にははっきりした特徴があります。彼は、聞き手の目の前に何かを描いて終わりにしません。線を見た人が、自分の内側で何をするかまでを、話の中へ組み込んでいました。

宇宙から、内へ向かう矢印

では、考える活動を感じ取るという話は、どのように宇宙の話へつながるのでしょうか。

シュタイナーは、思考に続いて、言葉を生み出す内的な活動にも目を向けます。話す内容は豊かにあっても、それを内側で言葉にせずにとどめる。そのような活動から、彼が「魂の深い静けさ」と呼ぶ状態へ進む、と説きました。

彼の説明では、これは先ほどのエーテル体の経験より先の段階にあたります。その静けさの中で精神的なものを認識する、という話をしたうえで、次に宇宙を例に取ります。三角形を思い描いたことだけから、宇宙の仕組みが分かるという説明ではありません。参考同じ講演・第12〜16段落

そこで、冒頭の黒板画に戻ってみます。大きな赤い輪の内側へ、いくつもの黄色い矢印が向いています。

講演録の後半に、この図と関わる説明があります。シュタイナーは、光が遠くへ広がり、ある境界から精神的なものとして戻ってくるという宇宙観を語りました。宇宙の側から内へ向かうこの働きを、彼は「世界エーテル」として説明します。そこには像や形を生み出す力があり、人間はそれを内的な認識で捉えるというのです。

ここでいう「エーテル」は、彼の精神的な世界観を表す言葉です。光を測定した実験の報告として読むと、話の位置づけを取り違えます。彼は、目に見える光と精神世界との関係を、自分の思想の中で説明していました。

外へ広がるものと、内へ戻ってくるもの。文章でその往復をたどったあとでは、輪の内側へ向かう矢印も、ただの飾りには見えなくなります。講演録の公開ページでも、この図は光の説明に続く位置へ置かれています。参考同じ日の講演・第20〜25段落

もちろん、図中の一本ごとに意味を確定したわけではありません。それでも、三角形から始まった「考えるとは何か」という話が、人間の内側だけで閉じていないことは分かります。シュタイナーにとって、人が考え、像を形づくる働きは、宇宙に働く力とつながっていました。そのつながりを、同じ黒板の上へ描こうとしていたのです。

消さずに残した、話の跡

話しながら描く図は、最初から今の姿だったわけではありません。説明のために線を足し、色を重ね、その日の話の進み方が紙に残りました。

普通なら、講演を終えた黒板の線は消されます。次の話をするために場所を空ける。それが黒板の便利なところです。けれども、シュタイナーの聞き手は、その線を取っておく工夫をしました。

エマ・シュトレという聞き手が働きかけ、黒板へあらかじめ黒い紙を張るようになったのです。話が終わったら紙を外し、チョークを定着させ、日付を付けて保管する。黒板そのものを運び出さなくても、その日の図を残せるようになりました。参考保存の経緯

現在、ドルナッハのルドルフ・シュタイナー資料館には、約1,100点のオリジナルの黒板画が残っています。参考資料館の所蔵案内

冒頭の図も、一つの形だけがきれいに独立してはいません。白い三角形と赤い輪が重なり、そばには人の姿らしい線がある。今の私たちが見ているのは、一連の説明が進んだあとの紙です。講演の最初から最後までの描画順を、その一枚だけで完全に取り戻すことはできません。

美術史研究者スピロス・ペトリタキスの論文でも、この図は1923年4月20日の講演に対応づけて掲載されています。日付と講演が結びつくと、何の話をしていた図なのかという足場ができます。参考図版と講演の対応を示す論文・15頁

三角形に注目して講演へ戻り、もう一度紙を見る。内向きの矢印に目を向け、宇宙についての説明へ戻る。すべての線の意味は特定できなくても、紙の中をたどる道が少しずつできます。話を聞いた人が残した紙に、今の読者も別の時間から近づけるのです。

講演の紙が、美術館へ行く

こうして残された黒板画は、のちに美術の場で見られるようになりました。資料館の記録では、1992年にケルンのギャラリーで展示されて以降、各地の美術館へ広がっています。2013年のヴェネツィア・ビエンナーレでは、54点が展示されました。参考資料館の展覧会記録

講演の説明に使われた紙が、展示室では一枚の作品として目の前に来る。そこでは、色や線の密度、黒い面に残る手の動きへ、まず心を引かれる人もいるでしょう。人智学をまだ知らない人にも、見る入口ができたわけです。

オーストラリアのビクトリア国立美術館では、2007年から2008年にかけて、シュタイナーの黒板画42点と、ヨーゼフ・ボイスの黒板を用いた作品を並べる展覧会が開かれました。ボイスはシュタイナーの思想に関心を持ち、芸術と社会の関係を考えた美術家です。

同展に出されたボイスの作品は、100枚の黒板からなるものでした。講演や議論で生まれた線を、人が集まって考えた痕跡として見る。そのつながりを、展示そのものが問いかけています。参考ビクトリア国立美術館の展覧会案内

三本の線へ戻る

白い三角形を、もう一度見てみます。赤い輪や黄色い矢印の中にある、あの三本の線です。

保存された紙から、当日の声を聞くことはできません。話の速度も、線を描く合間の間も、その場と同じようには戻ってこない。けれども、講演の言葉と一緒に眺めると、三角形を示した意味は変わってきます。

ここにある形を理解している自分は、何をしているのか。

シュタイナーの黒板画には、彼が説明しようとした世界が残っています。そして、その図を理解しようとしている人もまた、図の前にいる。消されずに残った三本の線は、百年以上を隔てたこちら側にも、その問いを渡してきます。

この講演より前、1914年の写真には、ゲーテアヌムの模型のそばにいるシュタイナーが写っています。彼は、黒板に図を描く仕事とともに、人が入れる大きさの空間を作る仕事にも関わっていました。世界をどう捉えるかという考えは、紙の線に加え、木やコンクリートにも形を取っています。二つのゲーテアヌムをたどる

第一ゲーテアヌムの大きな模型と、その左に立つシュタイナー
第一ゲーテアヌムの模型とシュタイナー。1914年6月16日、Otto Rietmann撮影/Rudolf Steiner Archiv(自由利用の公開資料)。