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見慣れない文字が、植物の絵を囲むように並んでいます。葉も根も丁寧に描かれているのに、何という植物なのか、そばに何が書かれているのかが分からない。
アメリカのイェール大学に保管される「ヴォイニッチ手稿」は、そんな不思議な本です。古い羊皮紙に書かれた文章は、長い間、多くの人が読み解こうとしてきました。それでも大学の図書館は、文字も内容も未解読だと説明しています。
ページをめくると植物だけでなく、星を思わせる円や、小さな人物の入った水槽のような絵も現れます。何の本か分からないまま、この手稿は誰の手から誰の手へ渡ってきたのでしょうか。
植物のそばに並ぶ文字
手稿の名は、古書商ウィルフリッド・ヴォイニッチに由来します。1912年、彼はローマ近郊のフラスカーティにあったイエズス会の学校から、この本を買い取りました。
その後、本は妻エセルと、友人で仕事を助けていたアン・ニルの手に渡ります。1961年にはニューヨークの古書商ハンス・P・クラウスが購入し、1969年にイェール大学のバイネッキー稀覯本・手稿図書館へ寄贈しました。
古書商の名前がついていても、彼が書いた本ではありません。彼の手に入る前にも、手稿を読もうとした人々の足跡が残っています。

現在の本には、およそ240ページが残るとされています。ただし、欠けた葉もあるため、最初から今と同じ姿だったとは限りません。手で折り畳まれた大きなページもあり、開くと複数の円形の図が現れます。
イェール大学は、絵の内容によって、植物、天文や占星術、入浴を思わせる図、宇宙を描いたような図、薬草や根を並べた図、短い文章が連なる部分などに分けて紹介しています。
植物のように見える絵があれば、植物についての本だと考えたくなります。けれど、絵から想像できることと、文章に何が書かれているかは別の問題です。描いた人がどんな名前を付け、どんな目的で並べたのかは、文字が読めなければ確かめられません。
解読を頼んだ手紙
手稿とともに、17世紀の手紙が伝わっています。書いたのは、プラハの学者ヨハネス・マルクス・マルチ。宛先は、ローマで活動していたイエズス会の学者アタナシウス・キルヒャーでした。
イェール大学の所蔵解説によれば、手稿はそれ以前、ゲオルク・バルシュという錬金術に関心を持つ人物の蔵書にあり、彼からマルチへ渡りました。マルチは本をキルヒャーへ送り、文字についての判断を求めています。
手紙には、神聖ローマ皇帝ルドルフ2世がこの本を買い、イギリスの学者ロジャー・ベーコンの作品だと考えていた、という話も書かれていました。金額まで伝えられていますが、それは手紙を通じて残った話です。
皇帝の見立てが、著者の証明になるわけではありません。大学の解説もベーコンとの結びつきを推測と扱っています。解読される前から、書いた人物についての説が本と一緒に旅をしていたのです。参考イェール大学の所蔵解説
羊皮紙から分かること
本の材料を調べれば、文字を読まなくても分かることがあります。2009年には、インクや絵の具の分析が行われました。調査報告は、文字が茶色がかった黒いインクで書かれ、絵には複数の色が使われていると記しています。採取した青い絵の具は、鉱物のアズライトを粉にしたものと判定されました。文字と絵の線に使われたインクも比較され、同じ種類である可能性が高いと報告されています。
この調査が扱ったのは、手稿の限られた場所から採った材料です。青い色の正体が分かっても、その花が何を意味するかまでは分かりません。分析は、ページに残る物質と、そこに込められた内容を分けて考える手がかりになります。
大学は、科学的な検査の結果が15世紀の手稿の材料と整合すると説明しています。ただ、材料が古いということと、その文章を誰が、いつ、何のために書いたかを一度に決めることはできません。
一枚の羊皮紙が作られてから、そこに文字が書き込まれるまでの間隔もあります。材料の年代と文章の意味は、それぞれ別の方法で確かめる必要があります。参考材料分析の報告書
文字の並びは、言葉なのか
この文字は暗号なのでしょうか。それとも、まだ見つかっていない言語を表しているのでしょうか。意味のある文章のように見えても、どの文字がどの音や言葉に対応するかを知らなければ、読み始める足場がありません。
暗号の解読では、文字が現れる回数や並び方が手がかりになります。けれども、規則を一つ見つけただけでは、得られた読み方が正しいとは言えません。ほかのページにも同じ方法を適用し、絵や文のつながりまで無理なく説明できるか、別の人も確かめられる必要があります。
これまでにも解読したという主張は繰り返されました。イェール大学は、それらの説を個別に評価・公表する機関ではないとしたうえで、現在も手稿を未解読として紹介しています。
原本は傷みやすく、図書館は保存のため、直接手に取る利用を例外的な場合に限っています。大学のデジタル図書館では、ページ全体の画像を見ることができます。植物の横を流れる文字や、開いて初めて見える折り畳みの図を、自分の目で追えるのです。
マルチがキルヒャーへ本を送ってから、何世代もの読者が同じ文字を見つめてきました。読めない本は、いまも閉じたままではありません。誰でもページを開けるようになった一方で、そこに何が書かれているのかは、まだ読者の手元に残された問いです。


