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湖の底から、鐘の音が聞こえる。スロベニアのブレッド湖には、そんな伝説が残っています。島の教会へ運ぶ途中で沈んだ鐘が、澄んだ夜になると鳴るのだと。
その湖に浮かぶ小さな島では、今も人が綱を引き、鐘を鳴らして願いを託しています。ただし、こちらは沈んだ鐘を引き上げたものではありません。
水の下へ消えた鐘と、教会で鳴らす鐘。二つを結ぶ話の始まりには、夫を亡くした一人の女性がいます。
鐘は、島に届かなかった
ブレッド島の教会が伝える話では、女性は湖を見下ろすブレッド城で暮らしていました。亡くなった夫をしのび、持っていた銀と金を集めて、島の聖堂へ贈る鐘を作らせます。
装身具や財産として手元に置いておける金銀を、人に聞こえるものへ換える。完成した鐘は、湖を渡って島へ運ばれるはずでした。
ところが、船は途中で嵐に遭います。鐘だけでなく、運んでいた船も船頭たちも、水の中へ沈んでしまった。教会で響くはずの音は、島へ届きませんでした。
その後、女性は深い悲しみの中でブレッドを離れ、ローマの修道院へ入ったと語られます。夫を思って鐘を贈ろうとした人が、その鐘まで失い、別の土地で暮らすことになったのです。参考島の教会が伝える「願いの鐘」の伝説
ブレッドの観光局が紹介する版には、夫は強盗に殺され、湖へ投げ込まれたという前段もあります。こちらでは、女性は鐘を失ったあとに財産を売り、島の新しい教会のために寄付してからローマへ向かいます。参考観光局による伝説の紹介
語られる細部に違いはあっても、女性が夫の記憶を鐘に託し、その鐘が島へ届かなかったという筋は共通しています。晴れた夜に湖底から聞こえるという音は、この失われた鐘のものです。
もう一つの鐘が届く
物語は、女性がローマで亡くなったあとにも続きます。
教皇が新しい鐘をブレッド島へ送った。人々はその鐘を鳴らし、イエスの母マリアへ願いや助けを求めるようになった。島の教会は、そう伝えています。
物語では、沈んだ鐘を湖底に残したまま、別の鐘が届きます。一人の女性が夫へ向けた思いに続いて、今度は島を訪れる人々が、それぞれの願いを託していくのです。
現存する「願いの鐘」について、観光局は1534年にイタリアのパドヴァで鋳造されたものと案内しています。作り手の名は、フランツィスクス・パタヴィヌス。こちらは鐘そのものについての説明です。未亡人や教皇の贈り物の話は、伝説として紹介されています。参考鐘と教会の案内
この二つの説明を重ねて読むと、古い鐘があることと、その来歴をめぐる物語があることを、別々に受け取れます。今の鐘の音に耳を傾けながら、湖底へ消えた鐘の話にも戻れる。それが、この場所に残っている二重の時間です。
高い鐘楼とは、別の場所に
湖の写真を見ると、島の建物の中でも、細く高い鐘楼が目に入ります。願いの鐘も、あの塔にあるのだろう。そう思ってしまいそうですが、鳴らす場所は教会の中です。
島へは船で渡ります。南側の船着き場からは99段の石段が上へ続き、その先に教会と、独立した鐘楼が立っています。湖上から眺めていた建物へ、自分の足で近づいていく道です。
願いの鐘は、教会の身廊、つまり信徒が集まる空間の上部にあります。綱は下まで垂れていて、教会を訪れた人がそれを引く。鐘楼に登って鳴らす仕組みとは違います。観光局の島歩きの案内でも、隣の塔の鐘との違いを、わざわざ書き添えています。参考島を歩く案内と、綱の位置
内部の写真では、金色の祭壇の前に、細い綱がまっすぐ下がっているのが分かります。湖越しに見た塔の姿からは想像しにくい、手の届く小さな入口です。

祭壇の中心にいるのは、幼いイエスを抱くマリア。島の教会は、願いの鐘を鳴らす行為について、自分の願いと助けを求める気持ちを、信仰のうちにマリアへ委ねるものと説明しています。参考教会の祭壇と文化財
「鐘を鳴らせば願いがかなう」という紹介だけでは、見えにくくなる部分です。ここには、祈りを受け取る相手がいる。綱を引く人の思いは、島に続いてきた信仰の中へ渡されます。
冬の湖で、物語を演じる
湖底の鐘の話は、今もブレッドの湖面へ持ち出されています。
観光局は、12月25日の午後に行われる「沈んだ鐘の伝説」の上演を紹介しています。地元の水中活動団体のダイバーたちも参加し、女性と鐘の物語を、水のあるその場所で演じる催しです。
地元に掲載された催しの案内にも、ダイバーの協力で鐘が湖の深みから再び上がってくる、とあります。もちろん、これは伝説を目の前に現す上演の説明。昔沈んだ原物の鐘が発見された、という報告ではありません。参考地元に掲載された催しの案内
教会で綱を引く人は、頭上の鐘を鳴らす。冬の上演では、水の下へ消えた鐘が、観客の前で再び姿を現す。日常の祈りと、一年の催しが、違う方向から同じ話へ近づいています。
沈んだ鐘の話を聞いてから湖を見ると、島と岸との間に広がる水が、単に眺めのよい背景ではなくなります。鐘を届けようとして渡った距離、その途中で失われたものが、物語の中に重なっているからです。
綱を引いた、その先へ
教会に立つ人が、全員同じことを願うわけではありません。何を心に置いて綱を引くのかは、その人の側に残されています。未亡人の伝説を知っていても、その悲しみを自分の願いでなぞる必要はないでしょう。
ただ、鐘を作らせた女性の話をたどると、「願い」という言葉に、これから手に入れたいものばかりが入っているわけではないと気づきます。すでに失った人へ何かを届けたい、記憶を残したい。そんな思いも、鐘へ姿を変えています。
湖底の鐘が鳴るというのは、伝説の中の出来事です。一方、島の教会には、今も人が引ける綱がある。願いがかなうかどうかを、鐘の音だけで確かめることはできません。それでも、人は祈りを託し、音が届くのを待ちます。
島へ届かなかった鐘の話は、そこで終わらずに残りました。水の下にあると語られる鐘を思い浮かべながら、今は上から響いてくる音を聞く。その二つの間に、ブレッド湖の小さな教会があります。


