笛の音を頼りに、夜の湖を渡る。ヒネモアの恋

六つのひょうたんを身体の両側に付け、夜の湖を島へ向かって泳ぐ女性を描いた絵 恋とご縁
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恋人に会いにいくための舟は、岸へ引き上げられていました。

島からは、夜ごと音楽が聞こえてくる。舟で渡っておいでという約束もしてある。それなのに、湖を越える手段だけがない。

ニュージーランド北島のロトルア湖に伝わる、ヒネモアの物語です。湖の岸辺に暮らす彼女が思いを寄せたのは、湖中のモコイア島に住むトゥタネカイ。周囲に出発を察せられ、舟を使えなくなった彼女は、乾いたひょうたんを浮き具にして夜の湖へ入ります。

この話には、勇気のいる渡水だけでなく、ようやく着いた島で恋人を怒らせ、翌朝には村じゅうを驚かせる、少し可笑しな続きもあります。

ここでは、ニュージーランドの先住の人々、マオリの記録や語りをもとに、ジョージ・グレイが英語でまとめた『Polynesian Mythology』所収の話から、二人の出会いと、その夜をたどります。

彼女に選ばれるはずがない

ヒネモアは、高い身分の首長の娘でした。多くの若い男たちが彼女との結婚を望み、トゥタネカイもその一人でしたが、気軽に思いを伝えられる相手ではありません。

彼女に会えるのは、人々が大きな集まりにやってくるときです。互いに目を向けることはあっても、トゥタネカイには、彼女が自分を気に入っているか分からない。ヒネモアのほうも、使いの女性を通じて気持ちを伝えて、喜んでもらえなかったら、とためらっていました。

やがてトゥタネカイが使者を送り、二人が同じ思いでいたことが分かります。会う機会を重ね、ヒネモアは彼のもとへ行く約束をしました。

ところが、彼の兄たちもまた、自分こそ彼女に好かれていると主張していました。ヒネモアの手を握ると握り返してくれた、とトゥタネカイが明かしても、兄は彼の生まれを持ち出し、そんな男を彼女が相手にするはずはないと退けます。

トゥタネカイは、母が夫のもとを離れ、別の男性との間にもうけた子でした。その後、母と夫は再び一緒になり、夫である首長ワカウエは、彼も自分の子として大切に育てたと、この版は伝えています。兄たちの発言には、そうした家族の事情がありました。

トゥタネカイは育ての父ワカウエに、彼女から確かな好意を受けていると伝えます。彼とヒネモアの間では、島から夜に聞こえる楽器の音を合図に、彼女が舟で渡ることが決まっていたのです。

モコイア島では、トゥタネカイと、親しい男性ティキが夜の演奏をしていました。二人は高い場所に設けた台へ上がり、管楽器を奏でます。その音が、ヒネモアのいる湖岸まで届いていたのです。

一方、ヒネモアの側では、周囲の人々が彼女の出発を疑い、舟を水から引き上げていました。合図の音は届いているのに、彼女は渡れない。そんな夜が重なります。

ロトルア湖の水面の向こうに見える、木々に覆われたモコイア島
ロトルア湖から望むモコイア島。写真:Andy king50/CC BY-SA 3.0(縮小して掲載)

物語の舞台を写真でもたどれるのが、ニュージーランド文化遺産省の「Roadside Stories」です。英語の語りに、ロトルア湖やモコイア島の写真を添えた約3分半の作品です。

映像:Manatū Taonga「Island romance in Lake Rotorua – Roadside Stories」

空のひょうたんで、夜を渡る

ヒネモアは、泳げるのではないかと考えます。

用意したのは、乾いて中が空になった大きなひょうたんを六つ。身体の両側に三つずつ付け、沈まないための浮きにしました。そして岩のところから水辺へ下り、衣服を脱いで湖へ入ります。

物語の中の彼女は、一度も止まらず島まで泳ぎ切るわけではありません。途中で、水中に残る木の切り株へたどり着き、両手でつかまって息を休めます。肩の疲れが少し取れると、また泳ぐ。

疲れたときには、ひょうたんに支えられながら流れに浮き、力が戻るのを待ちます。浮いて休み、泳ぎ、また休む。恋人を目指す旅は、その繰り返しとして描かれています。

夜の暗さで、どちらへ進めばよいかを目で確かめることはできません。道しるべは、島から届く楽器の音でした。

岸辺で聞いていた夜の演奏が、今は水の上で進む方向を教えています。

たどり着いた先には、ワイキミヒアという温泉がありました。湖と温泉の間は、狭い岩の縁で隔てられています。ヒネモアは夜の湖で冷えた身体を、その湯に沈めます。

湖岸の岩に囲まれた温泉「ヒネモアの湯」を写した古い白黒写真
「ヒネモアの湯」と呼ばれるモコイア島の温泉(1900年頃)。撮影:Sigvard Jacob Dannefaerd、複写:William Archer Price。ニュージーランド国立図書館/Wikimedia Commons。既知の著作権上の制限なし(縮小して掲載)

島に着いたからといって、すぐ彼の家へ向かったわけではありませんでした。温泉の上方には恋人の村がありますが、彼女は湯の中にいます。そこへ、水をくむためのひょうたんを持った使いの者がやってきました。

恋人の水の器を、何度も割る

トゥタネカイが喉の渇きを覚え、水を持ってくるように言いつけたのです。使いの者は、ヒネモアがいる温泉のそばで、湖の水をくもうとしました。

ヒネモアは太い男の声を出して、それは誰の水かと問いかけます。トゥタネカイのためだと聞くと、こちらへよこすように言い、水を飲んでから、ひょうたんの器をわざと落として割りました。

使いの者が理由を尋ねても、彼女は答えません。手ぶらで帰ると、当然、主人は水の行方を尋ねます。温泉にいる男が器を割った、と伝えられたトゥタネカイは、別の器でくみ直してくるよう命じました。

ところが、戻ってきた使いの者に、ヒネモアはまた水を求め、飲み終えると器を割ります。同じやり取りが繰り返され、トゥタネカイはついに怒り出しました。

温泉に知らない男がいて、自分のためにくんだ水を飲み、器まで壊している。彼の側から見れば、そういうことになっていました。ヒネモアがここまで泳いできているとは、まだ知りません。

彼は武器を手にして温泉へ下り、器を壊した男はどこにいるのかと呼びかけます。

その声を聞いたヒネモアは、来たのが恋人だと分かります。しかし、すぐには姿を現さず、岩が張り出した陰へ身を寄せました。トゥタネカイは湯の縁を手探りし、相手を探します。

やがて、その手が彼女の手に触れました。

ヒネモアは自分だと告げますが、それだけでは相手に伝わりません。声を大きくして、ヒネモアだと名を明かす。そこでようやく、トゥタネカイは、温泉にいた相手が誰だったのかを知ります。

彼は湯から上がった彼女に衣服を掛け、ともに家へ帰りました。この版では、その夜から、当時の慣習に従って二人は夫婦になったと語られています。

翌朝、足が四本あった

朝になり、村の人々が食事の支度を始めても、トゥタネカイは家から出てきませんでした。

いつもと様子が違うので、育ての父ワカウエは、具合が悪いのではないかと心配します。誰かを起こしに行かせると、その人は家の窓を開け、中をのぞきました。

見えたのは、四本の足です。

いったん戻って、誰かが一緒にいると伝える。もう一度確かめるように言われ、のぞき直す。そこで初めて、その相手がヒネモアだと分かります。

驚いた使いの者が彼女の名を叫び、知らせは村へ広がりました。トゥタネカイの家にヒネモアがいる。彼の兄たちは、それを聞いても信じません。

昨夜の水の器の騒ぎに続き、今度は家に誰がいるかをめぐって騒ぎが起きる。けれど、今回は、彼女が姿を隠し続けることはありませんでした。

トゥタネカイが家から出てくる。そのあとから、ヒネモアも現れます。

彼女の手を握ったという弟の言葉を退けた兄たちも、今度は二人を目にしました。そんなはずはないという言葉は続かず、本当だったのだと認めます。

出典:George Grey『Polynesian Mythology』(初刊1855年)所収「The Story of Hine-Moa」。本文は英語の採録本文をもとに、出会いから翌朝までを紹介しています。グレイの編纂を支えたマオリの記録者には、ヒネモアの物語も記したテ・ランギカーヘケがいます。採録と翻訳の背景はニュージーランド公的伝記を参照。