森の一本の木に、恋の手紙が届く

森の中に立つオークの木と、幹へ掛けられたはしご 恋とご縁
写真:Holger.Ellgaard/CC BY-SA 4.0(2014年撮影)
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大きな木の幹に、はしごが一本掛かっています。上った先には木の穴。中に入っているのは、小鳥の巣ではなく、人間の手紙です。

ドイツ北部、オイティンという町の近くに、この木は立っています。ドーダウの森にある古いオーク(ヨーロッパナラ)で、名はブロイティガムスアイヒェ。「花婿のオーク」という意味です。

ここには郵便の宛先があり、配達員が手紙を届けます。相手の名前も顔も、まだ知らない人からの恋の手紙が、森の木へ集まってくるのです。

秘密の手紙を入れた穴

地元の自然公園が紹介する由来によれば、始まりは森を管理する人の娘と、ライプツィヒのチョコレート製造業者の家の息子との恋でした。親は二人の交際を認めなかったといいます。

そこで二人は、オークの木の穴を手紙の置き場所にしました。会えなくても、相手がそこへ来れば読める。木は、声を出さずに二人をつなぐ場所になりました。

やがて親も折れ、二人は木の下で結婚したと伝えられています。その後、この木は、ほかの恋人たちにも手紙の置き場所として使われるようになりました。参考自然公園の解説

秘密のやり取りに使われた穴が、ほかの人にも使われるようになる。たった二人のためだった場所が、まだ相手のいない人の縁まで引き受けるようになったのです。

大きなオークの木の下に並ぶ花嫁と結婚式の一行
1900年ごろ、オークの木の下の結婚式の一行。作者不詳/Wikimedia Commons/パブリックドメイン。

木の下で人々が集まる古い写真も残っています。ここに載せたものは、画像資料で1900年ごろの結婚式の一行とされる写真です。由来に登場する二人の結婚式を写したと確認されたものではありません。それでも、木の枝の下に花嫁や参列者が並ぶ姿から、実際に祝福の場所になってきたことがうかがえます。

宛名は、森のオークの木

この木を宛先にした郵便の住所も、公開されています。

Bräutigamseiche
Dodauer Forst
23701 Eutin
Germany

最初の行は木の名前、次は森の名前。その下が郵便番号と町です。人の姓の代わりにオークの木の名がある以外は、見慣れた手紙の宛先とよく似ています。

2025年のAP通信の取材でも、郵便の配達先として使われている様子が報じられました。手紙は海外からも届き、木を訪れた人が中を見て、返事をしたい相手の手紙を選べます。参考AP通信の現地取材

木は、誰と誰を結びつけるかを決めません。手紙を入れる人がいて、そこまで歩く人がいて、読んだ言葉に心を動かされた人が返事を書く。その一つ一つを、人が選びます。

誰かが読むまで、木の中で

北ドイツ放送NDRが2025年に紹介した作法では、興味を持った手紙は持ち帰り、ほかの手紙は穴へ戻します。次に訪れる人のためです。参考NDRの紹介

普通の郵便なら、手紙は決まった相手へ届いて終わります。ここでは、木に届いてから、誰の手に渡るのかが始まります。書いた人にも、いつ、誰が読むかは分かりません。

この仕組みには、少し勇気も要ります。手紙は特定の一人だけに封をした秘密として届くのではなく、訪問者に読まれるものだからです。もし書くなら、誰に読まれてもよい内容か、返事の受け取り方をどうするかを考えておきたいところです。

木の写真に戻ると、はしごの下には低い柵が見えます。枝は広がり、周囲にも森が続いています。人を探す場所の姿としては、ずいぶん静かな眺めです。

自然公園には、この木を含む森の周遊路も紹介されています。目的の木へ着くまでに道を歩く時間がある。それも、画面に次々と現れる相手を選ぶのとは違う、出会いの待ち方かもしれません。参考森の周遊路

昔は、親に知られず一人の恋人へ思いを届けるための穴でした。いまは、まだ知らない誰かへ言葉を届ける場所になっています。

誰かが書いて、郵便で運ばれて、木の中で待っている。そこへ、もう一人が森を歩いてくる。二人がまだ出会っていない時間にも、手紙だけは、同じ木までたどり着いているのです。