船にいる妻、実家にいる娘。中国『離魂記』

夜の川岸に立つ女性と、船から迎える男性を描いた情景 恋とご縁
『離魂記』をもとにしたイメージ。
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夜半、船で眠れずにいた若者のもとへ、一人の女性が追いつきます。足には履物もありません。別れたはずの恋人でした。

二人はそのまま遠くへ移り住み、子どもも生まれます。けれど、数年ぶりに故郷へ戻ったとき、若者は彼女の父から思いもよらない話を聞かされました。娘はずっと病気で、家の部屋にいるというのです。

では、いま船に残っている妻は、誰なのでしょう。

これは中国・唐の時代の伝奇小説『離魂記(りこんき)』。陳玄祐(ちんげんゆう)という人物が記した、恋する女性の魂が体を離れる物語です。

夜の岸に追いついた人

物語の中心にいるのは、倩娘(せいじょう)という女性と、王宙(おうちゅう)という若者です。

倩娘の父・張鎰(ちょういつ)は、幼いころから王宙を気に入り、いずれ娘を妻にしようと口にしていました。二人が成長すると、互いに思いを寄せるようになります。ところが父は、別の人物との縁談を承諾してしまいました。

王宙は、都へ向かうという理由で家を去ります。引き止められてもとどまらず、船へ乗り込みました。そこで追ってきたのが、裸足の倩娘です。

原文は、彼女が歩いてきたこと、足音が速かったこと、そして二人が手を取ったことを短く記します。長い逃避行の説明に入る前に、離れたくないという気持ちが、その足取りから伝わってきます。

倩娘は、自分の意思で彼のもとへ来たと告げます。王宙は彼女を船に隠し、二人は夜のうちに出発しました。いく月かかけて蜀(しょく)、いまの四川地方へたどり着きます。

五年を一緒に暮らす

二人は五年のあいだに、二人の子をもうけます。その間、倩娘の父との連絡は絶えていました。

ここまでを読むかぎり、親の決めた結婚から逃れ、遠い土地で家庭を築いた男女の話です。追ってきた倩娘が人ならぬ存在だったと疑わせる出来事は、この暮らしの部分には書かれていません。

やがて倩娘は、両親への思いを口にします。王宙を裏切れず家を出たものの、父母と隔たったままでいるのがつらい。王宙もそれを受け止め、二人は故郷の衡州(こうしゅう)へ帰ることにしました。

先に父のもとへ向かったのは、王宙だけでした。倩娘は船に残ります。彼は自分たちのしたことを謝りますが、父の返事は、怒りとも許しとも違うものでした。

娘は何年も、病気で部屋に伏せている。なぜ、そんなおかしなことを言うのか。

王宙にとっては、妻と過ごした五年があります。父にとっても、娘が家にいた歳月があります。同じ一人をめぐって、二つの暮らしが重なりません。

二人の倩娘が会う

王宙は、倩娘は現に船にいる、と伝えます。父は使いを出して確かめさせました。すると、そこには顔色もよく、両親の無事を尋ねる倩娘がいます。

報告を聞いた、家で寝ていたほうの娘も起き上がります。身なりを整え、笑みを浮かべたまま迎えに出ました。

二人が出会うと、その体は一つに合わさります。しかも衣服は、重なったまま。原文に残るこの小さな描写が、奇妙な再会を目に見えるものにしています。

ただ、どちらかが消えて、初めからいなかったことになる結末ではありません。恋人と生きた女性も、父母の家にいた娘も、一人の倩娘へと戻っていくのです。

その後、夫婦は生涯を送り、二人の息子も成長したと物語は伝えます。蜀でともに暮らした妻を偽物と見なして追い払う話とは、ずいぶん違う終わり方です。

残る体と、旅をする魂

『離魂記』には、魂と体がどう結びつくのかという問いがあります。同時に、好きな人と生きたい思いと、父母から離れがたい思いが、一人の中にある話としても読めます。

そう読むとしても、魂の旅を、気持ちの比喩だけに片づける必要はないでしょう。物語の中の倩娘は、王宙と暮らし、子を産み、船で故郷まで戻ってきます。体を離れた存在にも、もう一つの生活があった。その描き方そのものが、この話の不思議さです。

作者は末尾で、幼いころから話を聞いていたものの、伝わり方には違いがあり、虚構だという人もいたと記しています。そのうえで、関係者の親族だという人物から詳しく聞いたため記した、と結びました。参考『離魂記』原文

古い書き手もまた、この話の出どころを気にしていたことが分かります。

夜の船へ駆けつけた倩娘と、部屋で伏せていた倩娘。最後に重なった衣服を思い浮かべると、どちらの五年も、ただの夢には戻せなくなります。