亡き夫が写った写真。心霊写真家マムラーの事件簿

大きな窓から光の入る古い写真館と、木製カメラと空の椅子 星・運命・魂
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椅子に座った女性の後ろに、薄い人影が立っています。髭を生やした男性の姿で、両手は女性の肩に重なるように見えます。

女性は、アメリカ大統領だったエイブラハム・リンカーンの妻、メアリー。夫は、この写真が撮られたときにはすでに亡くなっていました。

撮影したのはウィリアム・H・マムラー。「霊を写す写真家」として知られた人物です。ところが彼は、この一枚を撮るより前に、心霊写真で人をだました疑いをかけられ、ニューヨークで予審にかけられていました。

写真の人影は、いったいどこから来たのでしょうか。

メアリー・リンカーンの背後に夫を思わせる薄い人影が重なる写真
ウィリアム・H・マムラー撮影、メアリー・リンカーンと夫の姿とされる像(1872年ごろ)。Wikimedia Commons/Public Domain。

もうひとり写る写真館

話を1860年代のボストンへ戻しましょう。

もともと彫金の仕事をしていたマムラーは、写真に人影が現れたことをきっかけに、心霊写真で注目されるようになります。客の隣や背後に、もうひとり、ぼんやりとした人物が写る。生きている人と、亡くなった人を一枚に収めたかのような肖像でした。

当時は、死後も霊が存在し、生者と交流できると考える「心霊主義」が広がっていた時代です。霊媒が伝える言葉や降霊会と並び、写真もまた、死者とのつながりを目に見える形で示すものとして受け止められました。

写真の人物は誰なのか。その像は本当に亡くなった人なのか。見る人にそうした問いを抱かせる一方で、写真そのものが、霊の存在を信じる人たちの支持を集めていきます。参考メトロポリタン美術館の解説

ただ、写真に写っているから本当だと受け入れた人ばかりではありませんでした。マムラーの写真には、客だけでなく、撮影や現像の仕組みを知る人たちの目も向けられます。

その「霊」は、まだ生きていた

心霊写真を撮ってもらったのに、写った霊に見覚えがある。それも、亡くなった人としてではなく、生きている人として。

ゲティ美術館の解説には、1863年、撮影を受けた医師が、写真の「霊」を存命の男性だと認めたという出来事が紹介されています。メトロポリタン美術館も、マムラーの写真に現れた人影が、生きている地元の住民だと分かったことを記しています。

死者とのつながりを示すはずだった写真に、生きている人の姿が見つかった。霊を写したという説明は、その点を問われることになります。

写真には、霊がいなくても薄い人物像を作る方法があります。たとえば、同じ感光面へ重ねて露光する二重露光。一方を薄く写せば、透けたような人影を重ねられます。ゲティ美術館は、マムラーの仕事をこうした写真技術によるものとして解説しています。参考ゲティ美術館の解説

ただし、同じような効果を作れることと、残るすべての写真の製法が特定されたことは、分けて考える必要があります。

マムラーは1868年にニューヨークで写真館を開き、翌年、詐欺などの疑いで逮捕されました。写真に何が写っているかという争いは、法廷へ持ち込まれることになります。

同じ写真を作れる人たち

1869年に行われたのは、刑事事件の本格的な審理へ進めるだけの証拠があるかを確かめる予審でした。

マムラーに不利な証言をしたのは、ほかの写真家たちです。彼らは暗室での操作などにより、似た効果を作れることを説明しました。客にとっては不可解な薄い人影も、写真家にとっては技術で作れる像だったのです。

見世物興行で知られるP・T・バーナムも証言しました。米写真博物館の解説によれば、彼はマムラーの写真を、人をだますものの例として自分の博物館に展示するために買ったと述べています。

一方、マムラーを支持する側には、心霊主義を信じる元判事らがいました。

審理の末、マムラーは証拠不足で釈放されます。米写真博物館が紹介する当時の新聞報道では、判事は欺きがあったと考えていても、検察側が事件を立証できなかったため、そのように判断せざるを得なかったという趣旨を述べています。参考米写真博物館の予審解説

ここで、霊を撮影したことが認められたわけではありません。同時に、マムラーの行為を訴追するだけの証拠も足りなかった。

薄い人影が何であるかをめぐる対立は、釈放によって終わったわけではないのです。

メアリーの背後の人影

マムラーは、その後も心霊写真の撮影を続けました。

冒頭の、メアリー・リンカーンを撮った写真は1870年代のものです。ホワイトハウス歴史協会は、マムラーがメアリーの来訪を1872年のこととして書き残したと紹介しています。

変名を使ったことや、顔を隠す厚いヴェールを着けて訪れたこと、写真を見たときの反応なども伝えられています。ただし、こうした撮影時の細かな物語は、マムラー自身の記述として紹介されているものです。そのまま、本人とは別の立場から確かめられた出来事と受け取ることはできません。参考ホワイトハウス歴史協会の写真解説

確かに残っているのは、椅子に座るメアリーと、その背後に重なった夫の姿を思わせる像です。

一枚の写真が、霊を信じる根拠にも、写真技術を疑うきっかけにもなった時代。存命の人物が霊として写ったという指摘を受け、法廷にも立った写真家のもとで、この肖像は撮られました。

メアリーの肩には、薄い手が重なっています。写真の中では、その手の持ち主が、もう一度彼女の後ろに立っているように見えるのです。