文字盤の向こうに、物語を語る女性がいた

文字盤の指針に指先を載せる二人の女性と、言葉を書き留める人 星・運命・魂
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文字と数字を並べた板の上で、小さな指針に参加者が指先を軽く載せる。動いた指針が示す文字をつないで、メッセージを読み取る。

アメリカで広まった「ウィジャ盤」は、そんな道具です。

1913年、セントルイスに暮らすパール・カランと友人が盤を使っていたところ、ペイシェンス・ワースという名前が現れたといいます。昔、この世に生きていた者が戻ってきた、と名乗った相手でした。

そこから届いたとされる言葉は、短い返事だけでは終わりません。会話、詩、物語へと広がり、やがて本になっていきました。

ところが、これほど言葉を残した「女性」が何者なのかを確かめようとすると、話は急に進まなくなるのです。

海の向こうから来た名前

この出来事を早い時期にまとめたのが、新聞人のキャスパー・S・ヨストです。彼の著書『Patience Worth: A Psychic Mystery』は、1916年に刊行されました。

ペイシェンス・ワースを扱ったキャスパー・S・ヨストの1916年刊の本の扉
キャスパー・S・ヨスト『Patience Worth: A Psychic Mystery』(1916年)の扉。米国議会図書館・Harry Houdini Collectionの原本スキャン。出典:Internet Archive/Wikimedia Commons。Public Domain。PDFの5ページ目をJPG化。

ヨストによれば、カランと友人のエミリー・ハッチングズは、ワースが現れる以前から盤を使っていました。指針が動いて文字を示しても、驚くほどのことはあまり起きなかったといいます。

ある晩、そこへ自分の名前を告げる言葉が現れます。

ヨストの本では、その言葉に独特な口調や個性を感じた女性たちが、質問と返答を紙に残すようになったと説明されています。誰と盤を使うかが変わっても、カランがいればやり取りは続いたとされ、夫や母親らも記録に加わりました。

ヨストの本には、こうした初期の記録と、彼自身が見聞きしたというやり取りが収められています。参考ヨストの1916年の著書

医師が盤の裏を調べる

ヨストの本には、疑いながらこの場に来た若い医師とのやり取りが残っています。

医師は、盤の指針がどう動くのかを知りたがりました。ワース名義で返ってきたのは、腕のいい料理人は作り方を明かさない、という趣旨の言葉です。

では、盤を裏返して見せてほしい。医師の求めに応じ、盤の裏が調べられます。その後も返答は続き、医師は、相手はこちらに遠慮なく言い返してくるという趣旨の感想を漏らしました。

ヨストが描くのは、暗い部屋で全員が息を潜めるような場ではありません。電灯の明るい居間で、訪問者も会話に加わる集まりでした。疑う人の質問まで、受け答えの材料になっていきます。

どう動くのかと調べに来た側が、いつの間にか「どんな相手なのか」を評している。このやり取りには、語り手に個性があると受け止められた様子がうかがえます。

来歴を聞くと、返事が曖昧になる

どこから来たのかと尋ねられたワースは、海の向こうからだと答えたといいます。いつ生きていたのかを聞くと、盤には1649という数字が示されました。

ただしヨストは、それが生涯のどの時点を意味するのかまで確定したとは書いていません。言葉遣いや暮らしの道具への言及と合うため、生きていた時代に関わる数字として受け入れられた、と説明しています。

さらに、相手を一定の時代や土地へ結びつけようとすると、答えがはぐらかされる様子も記しています。

会話には輪郭があるのに、経歴には輪郭がない。訪問者の言葉を受け、皮肉や詩を返す相手が、どこで生まれ、どう暮らしたのかは、同じようには明らかになりませんでした。

ヨストはその言葉を高く評価した人です。彼が描いたワースの個性や、古い英語への驚きも、現象に好意的だった記録者の見方として読む必要があります。カラン本人の知識や表現力では絶対に書けなかった、とこの本だけから決めることもできません。

一文字ずつの会話が、本になる

それでも、文章は増えていきました。

ワース名義の作品には、詩だけでなく『The Sorry Tale』『Hope Trueblood』などの小説があります。短いメッセージを受け取る遊びが、一冊の長い作品を生み出す営みへ広がったのです。参考ミズーリ歴史博物館の資料解説

本になるまでには、人の手も入っています。ヨストは自著に載せた詩について、盤から読み取る段階では改行や句読点が示されず、記録後に整えたと説明しました。これは、その本の詩についての説明で、全作品が同じ工程だったという意味ではありません。

やがてカランは、盤を使わずに言葉を口述するようにもなりました。指針が文字を指すところを追わなくても、言葉が続くとされたのです。

ウィジャ盤は、この話への入口でした。しかし、作品が増え、方法が変わるにつれて、疑問も変わっていきます。盤を動かしたのは何なのか。その先には、カランが語るこの言葉は誰のものなのか、という問いが残りました。参考口述への移行を扱う研究

残ったのは、たくさんの言葉

ミズーリ歴史博物館の資料目録には、ワース名義の返答と、カランの家族や友人たちとのやり取りを収めたタイプ原稿29冊のほか、詩や物語の原稿、新聞の切り抜きなどが並んでいます。霊の存在が確かめられたわけではなくても、言葉が記録され、作品として残ったことは追えます。

ヨストの本には、こんな別のやり取りもあります。

ある女性が、耳に鐘のような音が聞こえたので、それはワースが連絡を取ろうとしたのかと尋ねた。ワース名義の返事は、自分は音を鳴らす者ではなく、言葉を作る者だ、というものでした。

見えない相手の来歴は、なかなかつかめない。その一方で、記録の中のワースは、どんな役を自分が引き受けるかについては、はっきりと答えているのです。