皮を取り戻した妻、海へ帰るセルキー

アザラシの皮を抱き、岩場から海を見つめる女性を描いた情景 恋とご縁
もっと自然な音声で聴くには

お使いのブラウザーに備わっている読み上げ機能もご利用いただけます。

iPhone・iPad:Safari

  1. Safariでこの記事を開きます。
  2. アドレス欄の左端にあるページメニューボタンをタップします。
  3. 「ページの読み上げを聞く」を選びます。

Safariの公式手順

Android:Chrome

  1. Chromeでこの記事を開きます。
  2. 右上の「︙」メニューを開き、「このページを読み上げ」を選びます。
  3. 再生画面で声や速度を調整できます。再生モードが表示される場合は、「標準の再生」を選ぶと記事の全文を聴けます。

項目が表示されない場合は、Chromeの公式ヘルプで利用条件をご確認ください。

PC:Microsoft Edge

  1. Microsoft Edgeでこの記事を開きます。
  2. 記事本文の上で右クリックし、「音声で読み上げる」を選びます。
  3. 画面上部の「音声オプション」で、声や速度を変更できます。

Windowsでは、Ctrl+Shift+Uでも読み上げを開始・停止できます。Edgeの公式手順

メニュー名や利用できる機能は、ブラウザーのバージョンやページによって異なる場合があります。

海は、すぐそこに見えている。それなのに、一枚の皮がないために帰れない。

スコットランド本土の北にあるオークニー諸島には、海ではアザラシとして暮らし、皮を脱ぐと人の姿になる「セルキー」の話が伝わっています。陸へ上がった彼らは、また皮をまとえば海へ戻れる。皮を誰かに持ち去られたとき、その行き来は断たれます。

伝承を集めたウォルター・トレイル・デニソンは、1893年の雑誌に、皮を隠された一人の女性の話を記しました。そこには、妻になり、母になったあとも、海を見つめる人がいます。参考1893年の採録原誌・173頁から

オークニー諸島のホイ島で、海に囲まれた平たい岩の上に集まるアザラシ
オークニー諸島ホイ島、Lyrie Geo付近の岩場で休むアザラシ。撮影:Claire Pegrum/Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0、縮小)。

岩の上に置かれた皮

男は、原誌で「ワストネスの農場主」と呼ばれています。暮らし向きもよく、農場は十分に営まれていました。けれども、周囲から結婚を勧められても、妻を迎えようとはしなかった人です。

その男が、干潮で水の引いた岸を歩いていたある日、少し先の平たい岩に、人の姿をした一団を見つけます。日を浴びて横たわる者も、跳ねたり遊んだりする者もいる。そばには、脱いだアザラシの皮が置かれていました。

男は見つからないように近づき、浅い水たまりを駆け抜けて岩へ向かいます。驚いたセルキーたちは急いで皮をつかみ、海へ飛び込みました。

男の手には、一枚の皮が残ります。一人の女性が、逃げるときに取り損ねたものでした。

沖へ離れた一団が顔を上げると、その一人だけは、ほかの者のようなアザラシの姿になっていません。彼女はやがて男のあとを追い、泣きながら皮を返すよう頼みます。皮がなければ、海でも、自分の仲間の間でも暮らせないのだと。

この話では、人とアザラシの姿の境目に、大きな扉も魔法の杖もありません。誰かが脇に抱えて歩いていける皮が、海への帰り道を握っています。

返してもらえないもの

男は、女性の皮を返しませんでした。彼女の悲しみに心を動かされ、美しさに引かれながらも、手元から放そうとしない。そのまま彼女を妻に迎えようとします。

原誌は、女性が結婚を望んだようには書いていません。男は不本意な承諾を取り付け、彼女は二つの苦しい選択のうち、まだましな方を選んだのだと説明しています。

海では生きられない。皮を持つ男は返してくれない。その条件の中で、女性は農場主と暮らし始めます。

二人が出会った場面だけを見れば、人間が海の美しい存在に恋をする話にも見えます。けれども、その恋の先へ進めたのは男の側でした。彼女の方には、皮をまとって立ち去る選択肢が残されていません。

家族の話は、ここから続きます。最初の皮の行方も、話の奥に残ったままです。

誰も知らない歌

女性には、四人の男の子と三人の女の子、合わせて七人の子が生まれました。原誌は、彼女を家の仕事をよく切り盛りする、思いやりのある妻として描いています。幸せそうに見え、陽気にしているときもある。それでも、心に重いものを抱えるような様子を見せ、長いこと海へ目を向けていました。

子どもたちに教えたのは、地上の誰も聞いたことがないような、不思議な歌です。

その歌の言葉や旋律は、この採録には残されていません。聞く人を惑わせる力があったとも書かれていない。子どもたちが母から受け取ったものとして、知らない歌の存在だけが記されています。

彼女は陸の家で暮らし、子を育てながら、そこにはない歌を知っている。海を思う気持ちは、遠くを眺める姿だけでなく、その小さな教えの中にも見えてきます。

農場主にとっては、妻との幸せな暮らしでした。女性の方には、それと同じ時間の中に、帰れない海がある。片方の暮らしぶりだけを聞いていたら、もう片方の思いは見落としてしまいそうです。

末娘だけが残った日

ある日、農場主と年長の息子三人が、舟で漁へ出かけます。女性はほかの子ども三人を、岸の貝採りへ送りました。いちばん下の娘だけは、足を痛めていたため、家に残ります。

女性は家を片付けるふりをしながら、なくした皮を探し始めました。あちらも、こちらも探す。けれども皮は見つからず、日が西へ傾いていきます。

小さな椅子に腰かけ、痛む足を低い藁の台に載せていた娘が、母は何を探しているのかと尋ねました。

母は、娘の足のために靴を作る、きれいな皮を探しているのだと答えます。すると娘は、その隠し場所を知っているかもしれないと言うのです。

以前、ほかの家族が外へ出ていたときのこと。父は娘が寝ていると思い、きれいな皮を取り出して、しばらく眺めました。それを畳んで戻したのは、寝床の上、傾斜した屋根の下の隙間でした。

母が探し続けたものを、家に残った幼い子は見ていた。父が誰にも見られていないと思った動作が、娘の言葉で、母に届きます。

娘は、母を海へ逃がす相談をしていたわけではありません。足に履くものの話をしている。その返事を聞いた母には、自分の帰り道が見えました。

海で迎えた相手

女性はその場所へ駆け寄り、長く隠されていた自分の皮を引き出します。末娘へ別れを告げ、家を飛び出し、岸へ走りました。

皮をまとって海へ飛び込むと、雄のセルキーが近づいてきて、喜びとともに彼女を迎えます。

帰る途中だった農場主は、舟からその二人を見ました。女性は顔を出し、陸の夫へ別れを告げます。あなたに親しみを抱いていたし、よくしてもらった。けれども、海の相手をもっと愛しているのだと。

短い別れの言葉には、男との暮らしをすべて偽りにする響きはありません。それでも、女性は海の側へ行く。陸で親しみを育てた時間があっても、失った皮を見つけたときに帰ろうとする思いは、消えていませんでした。参考結末が載る原誌・175頁

その後、農場主は何度も岸を歩き、妻に会えないかと探しました。しかし、彼女の姿を見ることも、声を聞くことも、二度とありませんでした。

岸に残された農場主

別れの場面を陸から見れば、夫と子どもを残して妻が去った話です。けれども、物語の始めに戻ると、彼女は皮を返してほしいと頼んでいます。

その願いは、家で暮らすようになっても、七人の子が生まれても、かなえられなかった。母が皮を取り戻した日、陸の家族にとっての別れと、彼女にとっての帰還が、同じ岸で起きたのです。

デニソンは、この筋の話がかつてオークニーの島々に広く語られていたと記しています。一人の女性に個人名は付いていません。それでも、誰も知らない歌や、娘の痛む足、寝床の上の隙間といった細部は残りました。

海と陸を隔てていたのは、目の前の波だけではありません。家の中に隠された、一枚の皮でした。母がそれを手に取るまで、見えている海は、帰れる海にはならなかったのです。