動かないお金、ヤップ島の石貨

ヤップの木立の間に、中央へ穴の開いた大小の石貨が並ぶ場所 お金と豊かさ
写真:Scot Nelson/CC0(2007年撮影)
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木立の間に、中央へ穴を開けた石の円盤が並んでいます。庭の飾りや車輪のようにも見えますが、これはお金です。しかも大きなものは、持ち主が変わっても、そこに置かれたままでした。

太平洋のミクロネシア連邦、ヤップの島々に伝わる石貨「ライ」。小さなものから人の背丈を超えるものまであり、大きさも形も、一枚ずつ違います。

手渡さずに払うというだけなら、銀行口座の数字を移す私たちも似たことをしています。けれども、この石には金額の数字がありません。価値を知るには、目の前に届くまでの旅をたどる必要があります。

お金の故郷は、海の向こう

ライにする石は、主にヤップから数百キロ離れたパラオで切り出されました。人々は外洋を渡り、パラオの人々と贈り物を交換したり、関係を結んだりして、採石する権利を得ていました。

この海を挟んだつながりは、パラオがUNESCOへ提出した採石場の資料にも記されています。そこには、完成した円盤に加え、まだ切り出しの途中の石や、作業で生じた石片が残されています。参考パラオの採石場の記録

中央の穴は、石を運ぶためのものです。棒を通し、何人もで担ぐ。海辺まで運んだ石を筏(いかだ)に載せ、船で引いてヤップへ持ち帰る。切って磨く仕事に、往復の航海まで加わって、一枚のライが生まれます。

石そのものの大きさや美しさに加え、作るときや運ぶときにどんな苦労があったかも、その価値に関わります。誰が作らせ、誰が持っていたか。目で測れる大きさのほかに、石には来歴があるのです。参考カナダ銀行博物館の解説

中央に丸い穴があり、表面に白い斑点や凹凸が見える石貨
写真:Scot Nelson/CC0(2007年撮影)

穴の周りをよく見ると、滑らかな硬貨の縁とは違い、石の厚みや不揃いな輪郭が分かります。どれも同じ形へそろえた工業製品とは、ずいぶん違う姿です。

家の前に残った、よその人の財産

大きなライは、土地の取引や婚姻に関わる贈与、村どうしの儀礼などで使われてきました。日々の買い物を、そのたびに巨石を担いで済ませていたわけではありません。動かせる小さな石貨や、貝などの別の通貨もありました。

米国の医師ウィリアム・ヘンリー・ファーネスは、1903年にヤップを訪れ、1910年の本に石貨の様子を記しています。その記録では、大きくて動かしにくい石の取引がまとまると、新しい持ち主は所有を認めてもらうだけでよく、石は元の持ち主の敷地に残っていました。

石に新しい名前を書き込む必要もない、と彼はいいます。取引があったことを人々が知っていれば、石を動かさなくても、誰の財産かが変わるのです。

ヤシの木に囲まれたヤップの建物と、前に並ぶ石貨
ヤップの建物の前に並ぶ石貨(1971年10月撮影)。写真:Dr. James P. McVey/NOAA Sea Grant Program/パブリックドメイン。

建物の前に集まった石貨の写真も残っています。並んでいるのは一枚ずつ違う石ですが、その姿からだけでは、どんな取引を経てそこにあるのかまでは分かりません。

海底に残る、一家の富

ファーネスの本には、もう一歩先へ進んだ話もあります。現地の知人ファトゥマクから、近くの村に、誰も見たことのない大きな石貨を財産として持つ一家がいると聞いたというのです。

その家の祖先は、かつて見事な石を手に入れ、筏で運んでいました。ところが帰る途中で嵐に遭い、命を守るために筏を切り離します。石は海へ沈んでしまいました。

帰り着いた人々は、その石がどれほど大きく、質のよいものだったかを伝えます。そして、持ち主の落ち度で失われたものでもない、と説明した。すると、その石は海底にあっても財産として認められたというのです。参考ファーネス『The Island of Stone Money』第7章

彼が聞いた時点で、沈んだのは二、三世代も前とされていました。海底の石を彼自身が見つけた記録ではなく、土地の人から聞き取った逸話です。それでも、動かさない石でやり取りする仕組みが、どこまで目に見えないものを受け止めるのか、忘れがたい姿で伝えています。

石の重さと、話の重さ

ファーネスは、屋外の石貨に苔(こけ)や地衣類がついても、それで価値が失われるわけではないとも書いています。表面は風雨にさらされ、変わっていく。持ち主の家が変わっても、石の場所は変わらないことがある。

それを誰が作り、どう運び、どんな取引を経てきたか。石の周りに積み重なった話は、外から来た人には見えません。たくさんの円盤が並ぶ風景も、その話を知る人々には、一枚ずつ違って見えていたはずです。

海を渡ってきた石が、もう動かずに村にいる。その前を、人は行き来します。動かないお金の周りで、持ち主や記憶のほうが、受け渡されていくのです。