石の床に、大きな円が描かれている。その周囲には、いくつもの名前。部屋に入った魔術師は、円の中から何かが現れるのを待つのではなく、自分の足で、その内側へ入ります。
魔法陣は、異界への入口。そんな絵を思い浮かべていると、この配置は少し意外です。円の中にいるのは呼び出す側。では、呼ばれるものは、どこに立つのでしょう。
円の内側は、魔術師のための場所
ソロモンの名を冠した西洋の魔術書には、霊を呼ぶための道具、名前、図形が記されています。ここで開くのは、1916年に刊行された『The Lesser Key of Solomon』のゴエティア。図と説明を見比べると、円の用途がはっきりします。
その本で円に与えられているのは、術者を護るという役目です。周囲には神聖な名前が書かれ、内側が、術者の立つ領域として区切られる。何でも外へ解き放つ装置というより、まず自分の居場所を定める線なのです。
これは魔術書の世界の約束であり、実際の防護性能を示す説明ではありません。それでも、本の中で人が何を恐れ、どのように未知の相手と向き合おうとしたのかは、線の配置から読み取れます。
呼ばれるものには、別の三角形がある
同じ本には、円の外に置く三角形も登場します。こちらが、呼び出した霊を置く場所。大きさや円との距離、どちらの方角に向けるかまで、説明が添えられています。
| 図形 | この魔術書で与えられた役目 |
|---|---|
| 円 | 術者が内側に立ち、身を護る領域 |
| 円の外の三角形 | 呼ばれる霊のために用意される場所 |
一枚の図の中に、向き合う二つの場所がある。術者と、招かれる相手を、同じ場所へ無条件に混ぜない。そのための間隔まで紙面に描かれていると思うと、魔法陣は急に、緊張を持った部屋の見取り図に見えてきます。
円の中心だけを見ると、何かを呼ぶ装置に見える。円の外まで目を広げると、「誰が、どちら側にいるのか」という別の物語が始まります。
ソロモンが直接、描いた図なのか
「ソロモンの鍵」という名には、古代の王が残した秘密めいた響きがあります。ただし、そう名づけられた魔術書を、王本人の手書きの記録と考えるのは早計です。図や文章は、写本や後世の版を通して伝わっています。
フォルジャー・シェイクスピア図書館の写本目録にも、ソロモン系の魔術に関係する資料が残されています。ひとつの完成品だけを想像するより、誰かが写し、集め、読み継いだ本の束として眺めると、図形の背後に人の手が見えてきます。
線を引くと、同じ床に違う意味が生まれる
何も描かれていない床には、こちら側も、あちら側もありません。そこに一本の線が入るだけで、入る場所、立ち止まる場所、越えてほしくない場所が生まれる。魔術書は、その目に見えない区別を、目に見える図にしたとも読めます。
海女の白布に描かれたセーマンも、閉じた線に帰還の願いが託される印でした。西洋魔術の円とは別の伝統ですが、簡潔な図形へ、暮らしと未知の世界の境目を預けるところには、どこか響き合うものがあります。
次に魔法陣を見るときは、中央の模様だけでなく、その外を探してみてください。誰が内側にいて、誰のために外側が空けられているのか。円の向こうの何かは、図の余白にも姿をひそめています。
この話の参考資料
- Project Gutenberg:The Lesser Key of Solomon(1916年版)
- Folger Shakespeare Library:魔術写本の目録
- Society of Antiquaries of London:ソロモン系魔術写本
掲載画像は、物語や思想から着想したイメージです。


