白い団子の真ん中に、小さなくぼみ。台湾の七夕には、このくぼみで、年に一度だけ会える恋人たちの涙を受けるという言い伝えがあります。
七娘媽に供える「湯圓」です。牛郎と織女のために涙の居場所を用意した団子は、子供の成長を見守る神にも捧げられます。恋人たちの物語をたどっていたはずが、その先には、子供が大人になる日にくぐる、色鮮やかな紙の楼閣が待っていました。
丸い団子を、わざわざくぼませる理由
湯圓といえば、つるりと丸い形を思い浮かべるかもしれません。ところが、七娘媽に供える湯圓には、真ん中をへこませたものがあります。
國史館臺灣文獻館の『臺灣民俗文物辭典』は、この形について、牛郎と織女が年に一度の再会で流す涙を受けるため、と記しています。
会えた喜びにも、また離れる寂しさにも見える涙。その一滴をこぼさないための形だと思うと、ありふれた団子のくぼみが、小さな器に見えてきます。
恋人たちの涙のために、人が地上で団子をくぼませる。
天の物語に、供物の形で応える七夕です。
織女は、子供を守る神でもあった
ここで物語の見え方が少し変わります。台湾で七夕に祀られる七娘媽は、子供を守り、無事に育つよう見守る神でもあるのです。
台湾内政部の宗教文化資料には、七娘媽を織女とする説と、織女とその六人の姉たちを合わせた七柱の神とする説が紹介されています。呼び名の中にいるのが一人なのか、七人なのか。その解釈にも幅があります。
同じ資料が伝えるのは、子供を神の義理の子として預け、庇護を願う習俗。古銭や銀の札などを赤い糸で結んだ「絭」を身につけ、成長を託しました。
天の川を隔てられた恋人たちの話が、地上では、わが子を守ってほしいと願う親の祈りにつながっている。七娘媽の七夕には、そんなもう一つの顔があります。
大人になる日に、紙の楼閣をくぐる
台南に伝わる「做十六歲」は、十六歳の節目を祝う通過儀礼です。ここで登場するのが「七娘媽亭」。細い竹と色紙などで作った、神に捧げる楼閣です。
臺灣文獻館の「七娘媽亭」の解説によると、一層のものから、二層、三層に仕立てたものまであり、中に七娘媽の絵や紙の神像を納めることもあります。
祭拝のあと、家族がその亭を持ち上げ、子供が下をくぐる。台南の十六歳の儀礼では、神に守られてきた子供の時期を終え、大人へ進む意味を持ちます。一方、鹿港では、十六歳未満の子供のために毎年亭を用意する習俗も紹介されています。同じ紙の亭でも、土地によって託す願いが違うのです。
台南の宮廟博物館が紹介する開隆宮の習俗では、十六歳を迎える七娘媽の誕生日に古銭の赤い糸を外し、神の庇護と父母の養育に感謝します。
くぐる前と、くぐったあと。ほんの短い距離に、成長の節目を置く。その入口を家族が持ち上げているという光景にも、心が引かれます。
団子の形は、動画でも見られる
台湾の番組「寶島神很大」の動画では、くぼみのある団子が並ぶ場面を見られます。下の動画は、その形を確かめやすい3分付近から始まります。中国語の番組ですが、まず団子の中央に目を向けてみてください。
YouTubeで見る:眼淚也能吃!?七娘媽生的重要供品!/寶島神很大
涙を受けるくぼみの先に
団子の小さなくぼみから始まった話は、赤い糸、紙の楼閣、家族に見守られてくぐる入口へと続いていました。
会いたい人を思う気持ち。子供の無事を願う気持ち。やがて、その子の成長を見届ける気持ち。七娘媽に捧げるものをたどると、七夕の夜に重なる、いくつもの願いが見えてきます。
次に丸い団子を見たとき、その真ん中に涙一滴ぶんの居場所を想像してしまうかもしれません。
この物語の参考資料
伝承や儀礼には地域による違いがあります。掲載画像は物語を表現したイメージです。

